有閑Snobbism

パンダのエッセイ

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先月、大学からの友人と軽井沢プリンスホテルスキー場にスノーボードに行った。スノーボードをするのは人生で初めてだった。軽井沢を選んだのは何もハイソな場所がいいというわけではなく、単にスキー場が新幹線の駅から近くてアクセスがとても良かったからだ。

アクセスは便利だったものの、軽井沢のスキー場は子供から大人、日本人から海外の方まで様々な人でごった返していた。ゲレンデの人の多さに圧倒された初心者の自分は、スキルのなさに輪をかけて思うように滑れず、何度も人にぶつかりそうになった。

それでも初めてのスノーボードだったこと、山頂から冠雪した浅間山の雄大な姿がくっきり見えたこと、友人に滑り方を教えてもらって自分なりに滑ることができたので満足だった。

さて、友人とは行き帰りの新幹線でずっと話をしていた。その話題がどんな社会人にも当てはまるなと思ったので、ここに記しておく。

行きの新幹線の中では、近況報告も含めて心赴くままに気がねなく話していた。帰りの電車でも心は晴れやかだったものの、体の疲れのせいか話題は次第に会社の愚痴から仕事の相談に変わっていった。

友人の相談内容は以下のようなものだ。友人はソフトウェアエンジニアをしており、彼のチーム人数は2人。しかも基盤部分を担当しているので、様々なチームから質問や相談が舞い込んでくるそうだ。

同僚の中には仲のいい人もいるし、仕事面で尊敬する人もいることにはいる。しかし、同僚の中にはプライベートの話はせず仕事の話しかしない人がいるとのこと。

しかも仕事はリモートワーク中心である。話すと言ってもリモートワーク中心なのでパソコンの画面越しだ。その人と顔を突き合わせて話すわけではない。

そういった同僚たちのプライベートには興味が持てず、結果的に飲み会で同じ席になったとしても、途中で話題不足になってしまい気まずい思いをしてしまう。これが彼の悩みだった。

もちろん飲み会でも仕事の話はする。しかし、仕事の話はいつもしているので、しばらくすると話題はどうしても尽きてしまう。その後、お互いに話題を探すが見つからない。その沈黙に耐えられないというのだ。

これは自分も経験があるのでよく理解できる悩みだ。相手のことを全く知らないのであれば色々質問をして相手のことを知ろうとするだろう。しかし、相手のプライベートに興味がない、あるいはどこまで踏み込んでいい相手かわからないという場合もあるだろう。

その友人に「人に興味を持て」と言ったとしても、彼にとって何にもならない。自分を変える以上に、人を変えることは難しい。そのような命令は彼にとってアドバイスでも何でもないのである。

そこで、最近哲学という営みを面白がっている自分は、その立場から思いついたアイデアを彼に伝えてみた。これは友人に対するアドバイスであるが、一方で同様の悩みを持つことのある自分に対する助言でもある。

彼に伝えたのは、「答えの出ない問いについて話してみてはどうか」というものだ。例えば、「幸せとは何か」や「この世で一番価値のあることは何だろうか」とか「欲を満たせれば、その欲は消えると思いますか」などだ。

これらは哲学で扱うテーマではあるが、飲み会でも使えるテーマだと思う。誰もが何かしら自分の経験に基づいて話せるからだ。

直接的に問いかけると、相手は身構えてしまう。はっきり言ってこれらはハードな問いだからだ。そこでこれらの問いをシュガーコーティングし、自然な問いかけとしてスッと懐に差し入れるのだ。

幸せとは何か、ということものなら「最近何をやっても面白いとか熱狂するということがないんです。何をやってる時が幸せとか情熱を感じますか?」と変える。

一番価値のあることは何かであれば、「自分は酒とかマンガとか収集が趣味なんですが、もっと価値のあることがある気がするんです。一番大切にしてるものって何ですか?」と具体例を提示してみる。

どれも自己開示から始めるのがコツである。自分が具体例を示すことで、答えの方向性がなんとなく相手に伝わり、相手が答えやすくなるからだ。

ただし、こういった高尚な問いに食いついてくれなさそうな人もいるだろう。そうであるならば、もっと世俗的な質問でも良い。「仕事ができる人ってどんな人だと思いますか」とか「仕事ができるようになるには、どんな習慣を身につければいいのか」といったものだ。

答えが出ないからこそ、誰もが話に参加することができる。しかも、答えがないから、見解の相違や意見の対立はあっても間違いだことはない。その場合、違いは違いとしてあるだけで、論破だなんだと勝ち負けはない。だからこそ気軽に話せるはずだ。

しかも、意外なことに質問者は、相手が答えてくれた内容を鮮明に覚えている。何度か会話をやりとりするうちに、相手の価値観を表す一言がパッと表れる時があるからだ。そのキーワードは自然に覚えられる。

口頭で会話しているのに、まるで相手の言葉を読んでおり、その部分だけ太文字になっているような感覚になるのだ。こういうのを共感覚というらしい。

おそらく、以前の記事で書いたように、自分が読書中に印をつけまくるようになってから、本を読んでいるのに著者と対話する感覚を得た

そして、この「微妙な距離の相手と気まずい沈黙が流れそうになった時に、答えのない問いを投げかける」というメソッドは、以前自分も試してみたことがある。具体的なエピソードはこのようなものだ。

それは、2024年の1月に入り、自分の所属する新しいチームが組成されたあとの初めて懇親ランチ会だった。

その場にはマネージャーを含めて5人いた。自己紹介を済まし、一通り今まで仕事でやってきたことなどを話した後、やはり沈黙が訪れた。各人が頭の中で話題を探しつつ、ぽつぽつと人が会話するだけの雰囲気になってしまった。

一度場が冷えてしまうと、また盛り上げるのは難しい。ランチ会なのでテーブルの上には酒もない。しかし、自分はそれをチャンスだと思った。「答えのない問いを問う」というメソッドを試してみる絶好のタイミングだと。

テーブルの向かい側には、むかし飲食店で働いていたと自己紹介で話していた20代半ばのエンジニアが座っている。その人は自分が持っている資格を活用して、ただのアルバイト以上の働きをしていたそうだ。正社員として同じ会社で働いている今でも副業で別の飲食店の手伝いをしているらしい。

その人にその場で思いついた疑問をぶつけてみた。それは「飲食店においてプロとアマチュアの違いって何だと思いますか」というものだ。

自分の内心としては「まあ、いきなりの質問だし、答えをはぐらかされたり、話題を変えられても仕方ないかな」と思っての問いかけだった。このメソッド自体初めて試みることだし、何か会話のきっかけになればいいと言うぐらいの気持ちだった。

しかし、意外なことに同僚はこの問いを受け止めてくれた。「うーん」と少し考えてから、「それは人から求められて作るか、自分が作りたいから作るか、ですかね」と答えてくれたのだ。

こうなるとしめたものである。もちろんこの問いに対する答えは自分も持っていない。なので、その回答に触発されて浮かんだ疑問をさらに聞いてみた。

「例えば EC サイトで食品を販売する人は、人から求められる前にまず作って販売している。その点で人から求められるよりも先に自分が純粋に作りたいという気持ちから作っていると言えるのではないでしょうか」と。

すると同僚は「確かに…」と言いつつ、他の人も交えて何度かやり取りをした。そして「お金をもらっているかどうかですかね」と答えてくれた。「人からも求められた上にお金を対価としてもらうのがプロなのだ」と。

この意見には他の人も賛同していた。自分にもそのように思われたし、頭の中で反例を考えつつ、ここから更に突っ込んでまた質問をしてしまうと、自分が嫌な人に思われてしまうかなと考えて、「面白いですね!確かにそうですね」と言うだけにした。

そして自分が「なんでこういう質問をしたかというと、最近哲学にハマっていて…」と経緯を話すとみんな納得してくれてさらに興味を持ってくれた。その後もこれをきっかけに別の人が「哲学とはちょっと違うんですが、思想という点だと高校時代に宗教に入信しそうになって…」など、他の面白い話題を続けてくれ、また場が温まったのだった。

もちろん、質問しているときは相手を否定しているわけではなく、純粋に気になるから聞いているのだという態度を取る必要がある。それは相手に対する敬意だ。

そして、「答えのない問い」つまりオープンクエスチョンを尋ねることのある効用もこの経験から学んだ。このようなオープンクエスチョンを聞くことで、相手の思考や価値観の核心に迫ることができるような感じがするのだ。それは表面的な雑談では決して到達しない深層部分である。

相手が何を大切にしていて、どのような視点を持っているかを知ることができる。相手が自分と違う視点を持っているほど面白い。会話をしていても、「つまりこういうことですね。ではこうも考えられませんか」と一度相手の主張を受け止めることで、相手も話をしっかり聞いてもらっているという感覚を得られるはずだ。

つまりこれは自己と他者違いというものを楽しむことができる対話なのだ。もちろん、その過程で自分の常識も覆されることもある。このような対話をして相手を深く理解すること。これこそが昨今お題目のように繰り返される「多様性」に対する取るべき態度なのではないだろうか。

自分の話したいことを話すだけ、相手が誰でもいいというような一方的な話には決してならない。このオープンクエスチョンについての対話は、1人1人顔を持つ相手と向き合っていくことができる。

あるテーマについての問いを提示し、相手の答えを受け止め、さらに質問をして問いについて深く考えていく。すると、そのテーマについて深い洞察を得ることができる。その上、相手の価値観の核心に触れ、さらには自分の価値観が揺さぶられることもある。対話を終えた後、相手も自分もこの世界を新しい視点で見ることができる。これこそ、対話の効用である。

何がプロフェッショナルとアマチュアを分けるかという質問は飲食店に限定したものだったので、その同僚1人に対するものだった。しかし、例えばプロのエンジニアとアマチュアのエンジニアという区分にすれば、もう少し他の人も答えられてさらに盛り上がったかもしれない。

新幹線の中で、この懇親ランチの会話の概要を友人に話したところ、なるほどと納得していたようだった。友人も次の飲み会で試してみると話していたので、別の機会に実際どうだったか、このメソッドがうまく機能したかを聞いてみたい。

もちろん、このメソッドは万能ではない。場の空気や相手の性格も少し考慮して実施する必要がある。特に相手の話ばかり聞いて自分の考えを述べなかったり、相手の言うことを要約してワンクッション置かずに何度も質問することは、礼節に反している感じを相手に与えるのでよろしくないので注意が必要である。

このメソッドはプラトンが記した対話篇である『プロタゴラス』を読んで思いついたものだ。会話の沈黙を破るこの対話メソッドは、古代ギリシア時代から2000年以上経た現代でもソクラテスメソッドが古びていないことを私たちに教えてくれる(その後も私はこのメソッドの威力を体感し、その恩恵にあずかることになるが、それはまた別の話である)。

対話
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瓢鮎図の示す禅問答を解いてみたら、まだまだ無の境地には至っていなかった件(画像は wikipedia より引用)。

瓢鮎図とは禅のある公案を絵にしたものだ。この絵は京都の妙心寺が所蔵しており、この寺のご御朱印帳の表紙にもなっている。公案とはいわゆる禅問答であり、和尚(方丈)が僧侶(雲水)に出題する、答えのない問いだ。

僧侶は座禅をしたり、寺の掃除をしたり、修行の中で回答を考えて和尚に伝える。多くの場合は修行が足りないと突き返されるのだが、その答えが核心をついているのであれば晴れて悟りを得たと認められる。

代表的な公案の中には、「犬に仏性はあるか」(「狗子仏性」。『無門関』という公案集の最初の問い)というものや、「両手で一度拍手する。その時、パンッという音は右の手が発したものか、左の手が発したものか」(「隻手の音声」江戸時代の禅師、白隠が考えたもの)というものがある。

学校で出題されるテストとは異なり、どちらもれっきとした答えはない。

問いも多様ならその答え方も多様だ。例えば、「仏陀とは何か」という問いに、ある僧侶が「干からびたクソだ」と答えた。すると、その僧侶は悟りを開いたと認められたという中国の逸話がある。

解説には以下のようなものだ。仏教の根本思想は、執着を捨てることで苦しみから逃れられるというものだ

仏陀は何ものにも執着するなと説いた。しかし、その仏陀にすがることこそ究極の執着なのであり、その意味で仏陀の教えを後生大事にしている人は永遠に悟りを開くことはできない。

「仏陀の教えすらも捨てて、仏陀自信を何の価値のないクソに喩えることで、その僧侶は執着心を捨てた。僧侶はは無の境地に至ったのだ」ということだそうだ。

似たような句に「仏に会えば仏を殺し…父母に会えば父母を殺し…。初めて解脱を得る …」(逢仏殺仏)という物騒なものもある。これは三島由紀夫の『金閣寺』にも登場する句であり、初めて接した時は意味が分からずそのインパクトに圧倒された(金閣寺は禅寺である)。

一度悟りの境地に至ったら、その言葉は自由になり、何にも束縛されないということは何となく分かる気がするものの、やはりこれらの劇薬とも言えるフレーズが飛び出してくるのは禅宗ならではだろう。それは自分が禅宗を好む理由でもある。

さて、瓢鮎図である。この公案は、「瓢箪(ひょうたん)で鯰(ナマズ)を押さえることができるか」という問いだ。瓢箪は丸くてスベスベで、鯰はヌルヌルして捉えどころがない。果たして瓢箪を使ってナマズの動きを止めることはできるだろうか。

この公案を知ってから5年以上経って、やっとそれらしい自分なりの答えが浮かんだ。悟りとは程遠いかもしれないが、 試みに書いてみる。

それは、「ナマズが泳ぐ池を瓢箪の形にしよう。ナマズは池から出られず、その意味で抑え付けられたのも同然だ。」というものだ。公案に対する答えの精度は、悟りに至ったかどうかを測るバロメーターである。この答えは実際どうなのだろうか。解答例を参照しよう。

実は、瓢鮎図の上部には31名の過去の禅師の回答が漢詩で記されている。そのうち2つを紹介しよう。

「瓢箪でナマズを抑えて、ナマズの吸い物を作ればいい。だが飯がなければしょうがない。砂でもたいて飯でも作ろうか。」

08 | 退蔵院「禅と禅問答」より

「瓢箪に油を塗って、急流に泳ぐナマズを抑える。あっちから抑え、こっちから抑え、抑えきれぬと分かったところで、求める心はやむ」

同上

この答えを読むと、私にはナマズとは煩悩であり、それを捨てたり忘れたり気にしないようにせよと言っているように思われる。翻って、ナマズを捉えてしまう私の回答は、私自身が本能に捉われていることを示す。悟りの道は遠いようだ。さて、皆さんならどう答えるだろうか。

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仏教の考え方を知り、日常で少し実践してみると、これが悟りというものかと思うと同時に、自分がその境地に至るにはまだ早すぎるのではないかと思い至ってやめてしまった。マネージャーとの1 on 1で悟りの境地を語ったら白眼視されてしまったからである。正直、かなり反省した。そして、悟った人というものは社会生活をまともに送れないのではないかと思った。前置きが少々長くなるが、お付き合い願いたい。

私は京都で大学生活を送ったのがきっかけで、神社仏閣を巡るのにハマった。そのうちに、ただ巡るだけでは勿体無いと思って御朱印を集め始めた。もう7年前のことになる。大学卒業後、京都のみならず全国各地に旅行したときは、その土地の主要な神社やお寺を観光ルートに組み込んで参拝し、御朱印をもらうことにしている。その甲斐あって御朱印帳ももうすぐ3冊目に入る。

2024年の読書は思想系に取り組もうと決めた。仕事終わりにある本を書店に探しに行った際、そこに並んでいた『ダンマパダ ブッダ 真理の言葉』を見つけた。

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その書店に目的の本はなかった。手ぶらで帰るのもなと思い、この本を手に取って解説パートを軽く立ち読みしてから購入を決めた。

『ダンマパダ』は、紀元前2~3世紀ごろに成立したと推定され、当時すでに成立していた仏教の経典の中から重要な語句を抜粋してカテゴリ別に編集したものだ。成立が古いため、ブッダの教えをかなり生に近い形で記述していると考えられているそうだ。

自分は御朱印を集めたり、過去に禅宗などの仏教の解説書を読んだりしているが、ブッダ本人の教えには直接接したことがないなと思った。

また先月、友人と新幹線に乗っている間、目的地に着くまでに話をしているとたまたま宗教について話が及んだ。その際、京都出身の友人の話が印象に残っていたことも購入の決め手だった。

友人曰く「子供の頃、法事の会場にお坊さんが来てお経を上げてくれてん。読経の後、その場のみんなに対して心に残るいい話をしてくれた。小さいながらにいい話をしてくれたこの人もいい人なんやと思ったんやけど、その後、たまたまそのお坊さんが待合室でタバコを吸っているのをみて一気に幻滅した。結局、その話もいい話だとは思わなくなったし、俺今も仏教信じられへんわ」と。

友人は終始ニヤニヤしながら話していたし、深刻感や悲壮感は全くなかった。その話はいろいろな角度から説明できそうだと思った。ただ、「カエル化現象」とか「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」などのような言葉しか思いつかず、そんなありきたりの言葉で話しても面白くはないかなと思い、「日本では戒律が緩いけど、タイでは厳しいらしい。その坊主が嫌いになっても、仏教は嫌いにならんといて」と返した。友人は「まあ、日本は緩い方らしいな」と言ってくれた。しかし、自分の中ではどうもお茶を濁しただけだったなという感覚しか残らなかった。

さて、書店で本を購入して家路につく途中で改めてこの話について考えてみた。ブッダならそのタバコの僧侶になんと言うだろうか。仏教の教えではどのように扱われるのだろうかと。そして、この本を読み進めていくうちに思わずその答えを見つけた。

307 僧衣を纏っていても、行いが悪く、慎みのない人が多い。
彼らは、悪い行いによって地獄に落ちる。

ダンマパダ (今枝由郎、光文社古典新訳文庫)p.105

地獄に落ちるとはなんとも直接的な表現ではあるが、これは最後の審判で神によって天国か地獄かに分けられるあの西洋的な地獄ではない。仏教上の地獄とは、六道輪廻のそれである。

簡単に書くと、仏教的世界観では、生きとし生けるものは死ぬとまた別の世界で生まれ変わるとされている(輪廻転生)。しかし、何に生まれ変わろうが、生きている限り生老病死(四苦八苦の四苦)に代表される苦しみに苛まれるだけである。このため、目指すべきはこの輪廻の世界からの脱出(解脱)であり、それこそが悟りの境地に至ること(涅槃、ニルヴァーナ)なのである。

では、どのようにして悟りに至るのか。それは、この世は苦しみに満ちていると知ることである。この世は思い通りにならない。一度生まれたからには死にたくない。永遠に若いままでいたい。病気にならず健康で居続けたい。それはどのような科学技術を以てしても土台実現は無理な話なのである。

「この世は苦しみに満ちている。そして、苦しみは物事に対する執着心から生まれる。ならば、執着心を捨てれば苦しみはなくなる。」ブッダの教えは、つまりこう言うことだそうだ。その考え方は彼の言葉に端的に表れている。

50 他人の過ち、他人のしたこと、しなかったことを気にするな。
ただ自分のしたこと、しなかったことだけを気にかけよ。

183 自分の心を浄め、もろもろの悪きことをなさず、
もろもろの善いことを行う。これがもろもろのブッダの教えである。

前掲書 p.28, 70

この思想から出てきた箴言の数々を読んだあと、思考実験をしてみた。例えば、大事に使い続けている財布を無くしたり、クラウドに保存した10年以上前から溜めている数々の写真が消えてしまったら、その時自分はどう感じるのか。

また、家族が死んだら自分はかなり長期間に渡って苦しむだろう。一方、自分がじわじわ弱る老衰ではなく突然死んだとしたら、残された家族は一体どうなるのだろうか。ただ、それは突然すぎて想像する余裕すらないかもしれない。

できるだけ若く健康でいたいけれど、それは老いというものを間近で見聞きしたり、病気という身体の不調が精神にまで悪影響を与えるということを知っているからだ。しかし、死というものは、その体験者が誰にも伝えることができないので、どういうものかは実際にわからない。

そういえば、ハイデガーも暇つぶしの空談を避けて自分が死ぬ存在であることを引き受け、自らの生と向き合うべきだと言っている(と文学部の唯野教授が言っていた)。このような執着心についての思考実験が死に対する心の準備なのではないか。

その辺りのことをぼんやり考えていると、しばらくは心配事が何もないような気がした。現に今は家族が心身ともに健康で、自分の衣食住が満ち足りていた。また、最近1年半以上携わったプロジェクトも無事最終リリースに漕ぎつけ、次のプロジェクトにはまだアサインされる前のタイミングであり、仕事のストレスが軽減されていた時期でもあった。

このため、現状に十分満足しているというその気分を大事にしながら、数日後にマネージャーとの30分の1on1に臨んだ。

その1on1は、会社で組織変更があり、担当のマネージャーが新しくなってちょうど1ヶ月ほど経ったときのことだった。すでに彼との1on1は3,4回経験しているものの、リモートワーク中心で働いていることもあって、全部オンラインで実施されていた。また、今までそのマネージャーと対面で話したことがあるのは片手で数えられる程だった。それも挨拶程度で深い話はしたことがない。

そんな状況の中、1on1のアイスブレイクで雑談をしているときだった。マネージャーから振られた話題は最近何にハマってますかというような他愛もないものだったと思う。そこで何を思ったか、自分はこんなことを口走ってしまった。

「最近は仏教思想についての本を読んでいるんですが、なんていうんですかね、なんだか欲がなくなってきたようで、満ち足りているんです。死ぬ準備でもしてるんですかね(笑)」と。半分冗談めかして、しかし半分はこれって人生で大事なことなんだよと思いながら。その時は、まあ特に問題ないだろうと思っていた。

しかし、マネージャーが自分の言葉を聞いた時に、パソコンの画面越しに一瞬目を見開いたのを自分は見逃さなかった。瞬間、しまった、と思った。1on1で話す内容にしてはあまりに場違いすぎた。

それもそのはずである。1on1では、会社の方向性や自分の仕事に由来する悩み事を話したり、また私事で仕事に支障が出る突発的なことを事前に共有するのが通例である。仕事上どうしても伝えないといけないことは意を決して伝えはするものの、基本的に雑談は雑談でしかないので、ハードな話題は避けるべきなのである。

前のマネージャーとの1on1の時は、私もそのような暗黙のルールに従って話題を選んでいた。しかし、マネージャーが変わって心機一転、少し油断が生まれたのかもしれない。逆説的なのだが、ありのままの自分でも受け入れられるのではないかという淡い期待がマネージャーの白眼視をきっかけに消え去ったことで、私自身がそのような期待を抱いていたことに気がついたのだった。

会社の立場に立つと、ある社員が「何事にも満足しており、まるで死ぬことを待っているようだ」などと言っていれば、それは出世や成長を諦めてしまった窓際社員のそれであり、その人は無能のレッテルを貼られてもおかしくないだろう。

企業が従事している経済活動など、人間の欲をドライバーにしている最たる例だ。「もっと市場を広げたい」「より良い製品を作りたい」「現状に満足するな。停滞は衰退である」という思想が隅々まで行き渡った企業組織の中でそんな発言をすると、一瞬で立場が危うくなるだろう。窓際どころか、はっきり言って即クビにされてもおかしくない。

「明日死んでも良いように生きよう」というどこかの偉人が語った境地は、欲を捨て去って満足することではなく、今日の欲を全て満たそうという現実的で力強い標語なのだ。何事にも無欲な人間は会社にはいらないのである。

そんなことが一瞬で頭を駆け巡った。その後は何を話したか覚えていない。直接の前言撤回はしないまでも、「ああ、いえ、ええと、勘違いしないでください。私は労働意欲があり、最新情報の収集を怠らず、大きな仕事を任せてもらって成長したいです」というのが伝わるようになんとか言葉を紡いだ気がする。

1on1が終わり、私は一人自室で取り残された。やっぱりさっきの発言はマズかった。自分の中で思うにしても、口に出すべきではなかったと後悔した。部屋を出てリビングで水を飲んだ。一息ついて、銀行口座の残高を確認し、妻と見知らぬ土地に旅行に行くシーンを想像し、実家の家族の顔を思い浮かべた。

そして、欲というのは生きる原動力だと思い直した。当たり前だが、即座に良い女、良い酒、飲む打つ買うを根本に据えようとまでは流石に思わない。

ただ、衣食住を満たすことや家族をできるだけ守ること、仕事を通じて人と繋がり自分も成長をすること。自分の中からどうしても無くならない、知らないことを知りたいという欲や面白い文章を書き残したいという欲があり、それらが自分を支えていることを見つめ直した。

そして、それらは根源的で受け入れるべき欲求であり、私にとっては煩悩ではないと考えることにした。同時に、ブッダの教えを全て体現するような真の宗教者は、会社に属しては生きられないのではないかとも思った。

翌週、また1on1があった。マネージャーから伝えられたのは、現在難易度が高めのプロジェクトがあって今まさに人手不足なので、そこにヘルプに入ってもらうかもしれないということだった。

よかった。やる気のない社員とは思われていないようだ。「執着を捨てよ」というブッダの教えは自分には早すぎたんだ。80歳になったらまた読もう。いつになるかわからないが、退職するまでは欲に塗れてもがきながら生きていこう。そう決意したのだった。

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2024年の読書体験はいい滑り出しだった。

去年の夏ごろ購入して積読したのままだった『現代思想入門』を読み「全てのプロセスは途中だ」というドゥルーズの哲学に感銘を受け、完成することのない思考を手元のノートに書き散らし始めた。まだ1ヶ月しか経っていないのにもう60ページほど溜まっている。

また、『理科系の読書術』を読んで、書籍にはどんどん書き込みをして自分のものにする、読んで考えるのではなく考えるために読むという能動的な読書指南に膝を打ち、その次の本から早速実践している。

去年は「岩波講座 世界歴史」という歴史書のシリーズを半分くらい読んだ。今年は知識よりも世界の見方を豊かにするような思想や哲学の本を読もうと思い立ち、『私とは何か』『ライティングの哲学』『プロタゴラス』『ソクラテスの弁明』『ダンマパダ』など哲学書・思想書に取り組んでいる。

私は電子書籍ではなく紙派だ。モノとしての本に対する収集癖があるので、電子版では利便性を認めつつ、所有欲を満たせないので結局紙の本を読んでいる。まあ、電子書籍はどうも読んでも頭に入った感じがせず、本に記されている情報を受け取っただけという感じがするのでどうにも慣れないということもある。

物理本であるので、本を読み進めるうちに気になった一文があれば迷わず横線を引いている。さらに本の上下の余白にそのとき思った感想を書き込んでいる。

「これ良い表現だなぁ」とか「ソクラテス本人が詭弁家っぽいところもあるよ」とか「会話のように書く。Twitterの延長として書く。この境地に至りたい」のように、内容を把握するためのメモだけではなく本当にその場で頭に浮かんだことを、お気に入りのボールペンで書き込んでいる。そうすると、本が本当に自分のものになった気がする。

そんな読書手法を実践してきて、『方法序説』を読んでいる途中に「デカルト賢すぎる」と書き込んでいたら、はたと気づいた。著者の姿勢、息遣い、思考過程が以前よりクリアにわかるようになったと。これは20年以上読書をしてきた自分にとって新しく、また根源的な発見だった。

しかも高校生のときに乱読してみようと思い立ち、1年で100冊読む目標を立てて実際に達成できた過去もある。そのような経験を経ていてるため今更だという思いもあるものの、しかしやっとここまで来れたかと飛び上がるほどに嬉しい大きな進歩だった。

今までの読書はそこに書かれている知識や知見を味わったり、思想を自分の頭の中で整理するところで終わってしまっていた。たまに良い考え方があった時は自分の生活に取り入れたり、面白い記述に出会った時は少しデフォルメして人に話したりしていた。特に自分はある時期から小説を全然読まなくなり、歴史書や思想書、仕事で必要な知識を入れるための技術書を中心に読んでいたため、そのような姿勢が中心だった。

ただ、それではハッキリ言って趣味の読書の枠を出ない。著者が書いたことを一方的に受け止めるだけである。もちろん批判的に検討したり、内容が現代でも妥当するか吟味することはある。しかし、それだけだった。

ところが、その姿勢がガラッと変わったという感覚があるのだ。「読書とは著者との対話である」という一般的な格言があるが、この真の意味を理解したと思った。頭でわかるのではなく、内臓を示す「腑」(五臓六腑の腑)という言葉が入っているように、まさに腑に落ちたのだ。それは文字通り身体的な理解だった。

「読書は著者との対話だ」とはどういうことか。今までの自分は、どうも読書という体験を著者との対話ではなく、著者が一方的に大衆に対して自説と知識を披露する講演と捉えていたようだ。文化センターのホールに集まった大衆に混じって登壇している著者の話をマイク越しに聞いて、著者の主張を正しくまとめ、理解した上で、家に持ち帰って内容を検討する。そのようなモノとして接していた。

しかし、この格言のキモは「対話」である。対話とは、あるテーマについて人と向き合って会話をすることである。では、会話はどのような特徴を持つか。会話では自分の伝えたいことは100%伝わるわけではないし、相手の言っていることを額面そのまま認識齟齬なく理解することはできないという考え方は一般的だ。

人を対象とする会話と異なり、読書は本を対象とする。本には、著者の知識や考えが書かれている。そのように考えると、読書とは、著者に実際に話を聞きに行って対面で話を聞くということとほとんど同じだと言えるだろう。書かれる内容や話される内容の差異を一旦わきに置くと、自分の姿勢についてはそれを聞くか読むかの違いでしかない。

会話の醍醐味は、自分が思いもよらなかった相手の考え方や自分の知らない世界の知識を聞き、それに触発されて会話に参加している人たちみんなが思わぬ方向に会話が進むことにある。

「自分の経験に照らし合わせると、このように考えられる」「似たような事例としてこういうことがあって〜」などのように、脱線が多いと会話は広がり、そのような会話は必ず盛り上がる。自分の脳内にあるニューロンのネットワークを再構成すること、そのことを面白がっているのだと言っても良いかもしれない。

このように考えると「読書は著者との対話だ」という格言は、「ある人に話を聞いた上で、自分がそれに触発されて考えたことを表明する」と言い換えても良いだろう。話を聞く、つまり読むだけの読書は片手落ちなのである。孔子の言うように「学びて思わざれば則ち罔(くら)し」というわけだ。

結果、自分の読書姿勢は、書かれたことを誤読せず読み進めようとするものから、自分が単に感じたことやその文章を読んで自分が新しく考えたことを何でも本に書き込んだり、長くなりそうならノートに書き留めるというものに変わった。

頭に浮かんだことを書き留めることこそ、今までの読書姿勢に足りなかったピースであり、著者に対する私からの「返し」なのである。 返事や返答という言葉よりは、反応したことをよりカジュアルに表現すると、「返し」という表現が適切なように思われる。今までは「本にメモするのは最重要情報だけ」と考えていたが、今は思ったことを気にせずに書き込んでいる。

今読み進めているデカルトの『方法序説』もこの方法で読んでおり、いくつか連想したことをノートに書いたりしていた。しかし、この本を40ページほど読んだ当たりから(具体的には第3章終盤まで)、デカルトは賢すぎると感じ、。特にこれといった理由はなく数日ものあいだ読むのを止めてしまっていた

そして、なぜ中断してしまったのだろうと考えたら、彼が賢すぎて眩しく感じ、自分が萎縮していたからだと分かった。しかし、同時にもう一つの面白い事実に気がついた。つまり、デカルトに対して「賢すぎて、おいそれと近よりがたい」と感じたことこそ、本を通してその人の姿が見えており、対話できているという証拠だと。すると、読書と対話についての洞察が頭に閃き、この文章が出来上がった。

実は今日の夕食時、妻に全く同じ内容を面と向かって話していた。まるで自分の口から書き言葉が出てきているのかと思うくらい、整理された内容で無駄なく流暢に、この「明晰かつ判明」な内容を話せたと思ったのだが、彼女の返事は一言「確かに、読書は対話っていうよね。で、このオニオンドレッシング美味しいね」だった。

昔の自分なら自分の話が聞かれていないと思ったり、こんなに素晴らしい体験をしたということがまるきり伝わっていないと感じ、内心憤っていたかもしれない。しかし、対話には誤解や脱線がつきものである。そのことを腑落ちしている私は、「茶碗の米もうまく炊き上がっていて美味しいよ」と笑顔で「返した」のだった。

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最近、話にオチをつける力が弱くなった。私は関西出身ではあるものの、元来話し上手ではない。それでも話に終わりがある方がいいだろう、ストーリーがある方がわかりやすいだろうと思い、密かにオチをつける訓練を積んでいた。

話にオチをつける自主練を始めたのは高校生の時だ。当時は勉強漬けで毎日が変化に富むわけではなかった。しかし、昨日とは違う日常の些細な出来事は何かしら身の回りに起きるものだ。

特に私が通っていた高校は男子校から男女共学に変わって間もない高校だった。男子の多いクラスで、同級生たちが互いにからかい合う場面は1日のうちに数え切れないほどあった。

ランダムに発生する肩パン、靴の片足だけ廊下の向こう側に放り投げる(互いに仲が良いもの同士で、かつ投げられた方は投げた相手のものを笑いながら放り返すのでイジメではない)、毎日四限目に必ず腹を下して授業中にトイレに立つ奴、トイレで遊戯王をしていて教師に見つかって没収される奴、自分は小便に来たくせにトイレの大便の扉が閉まっていたら必ずノックする奴。

果ては、教室で漫画の貸し借りをしていたらそれを廊下から見た教師が「お、エッチな本でも回しとるんけ!俺が学生の頃は必ずある奴で回覧が止まるから、そいつはブラックホールと呼ばれとったんや」と呵々大笑して立ち去るなど。

そのような出来事を眠りにつく前のベッドの上で思い出しては「どのようなストーリーにしたて、オチをつければ人に面白がって聞いてもらえるだろうか」と思案していた。私は当時から完全な夜型で、いつも寝つきが悪かった。今思い返すと、「寝つきが悪い時には楽しかったことを考えていれば寝れる」と自分がもっと小さい時に母親に教えてもらったことを実践していたのかもしれない。

口下手の自分が話し上手に一歩でも近づこうと考えたのがその訓練だった。当時はいつか役に立つだろうと思っていたが、すぐに話の聞き手があるわけでもない。家族仲は悪くなかったと思うけれど、高校1年生になる前のある出来事から両親が遠い存在であるような気がした。それ以来、食卓で両親は会話しているものの、自分からはあまり話さないし話したとしても最低限のことしか伝えなくなってしまった。

妻のおかげで以前よりは両親と話をしたり元気か気にかけたりするようにはなったが、当時は全然だった。そして高校生は忙しい。朝慌ただしく家を出たと思えば、学校から帰った後は塾に行き、家族と顔を合わせるのは夕飯くらいだ。後は自室に引きこもって勉強したり本を読んでばかりいた。

そんな生活で、家の中に常に話の聞き手があるわけではない。しかし学校では一つ前の座席にいた友人に、寝る前に組み立てた話を聞いてもらっていた。

内輪ネタということもありつつ、その友人K君はよく自分の話を聞いてくれた。しかし、自分が話の頭からオチ、果てはその話の感想まで話してしまうので、一通り笑った後に「俺の感想は聞かなくていいのか」と度々眉を顰(ひそ)めていたのを覚えている。

一人喋りになってしまうという弊害はあったが、K君は卒業まで仲良くしてくれて、たまにオススメの本を貸し借りしていた(K君のオススメ本は森奈津子の「耽美なわしら」「姫百合たちの放課後」だった。どれも2回読んだらしい。自分も読ませてもらった)。彼の父親は事業家で、自分の苗字がついたマンションを関西に所有しながらも億単位の借金をしていたという話が彼の口から語られた時、クラスが湧いたことを覚えている。億単位の借金!吹けば飛ぶような一介の高校生には想像ができなかった。

さて、高校を卒業してから10年後、自分はIT企業で働いている。自分の働いている会社では12時から始まる朝会(デイリー、スタンドアップミーティングなどとも呼ばれる)(もはや朝ではない)というものがある。その朝会では先週あったことを話すのだが、「さあ話してください」と言っても誰も手をあげて話そうとはしない。

そんな時、チームで最年少で意気軒昂たる若者だった自分は「先週こんなことがありました!」と食事の話や観光の話など、簡潔ながらも誰も迷子にならないように必要な情報を過不足なく話すようにしていた。

その頃は何でみんな話さないんだろう、きっと面白いことをしているはずなのにという気持ちが半分、そして何で自分は話すことがあるんだ?という疑問を半分ずつ心の中で持ちながら、必ずオチをつけるように話をしていた。思い返すと高校生の時の自主練習が活きていたのかもしれない。

しかし、本当に話がうまかったかはわからない。そして話をしてチームを活気づけようと熱い想いを抱いていたのももう3年前だ。

組織の再編がありプロジェクトが終わってそのチームは解散した。数年後、自分を含む何人かは転職して何人かはまだその会社に残っている。転職先の会社でも3年前と同じように朝会は12時から始まるが、我先にと話し始めるような青臭い情熱はもうない。

もちろん話題を振られればきちんと話はする。しかし、やりすぎかもと自分でも思うくらい熱を込め、率先して雑談の場で話をする気力が衰えると同時に、不思議なことだが自分の話のオチがなくなってしまった。

「今日の雑談はオチがなくてすみません」とヘラヘラ笑って誤魔化してしまう自分の姿を見たら、K君は昔と違う意図を込めて眉を顰(ひそ)めるかもしれない。

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カナダのオンタリオ州トロントから車で1時間のWaterlooの北部、St. Jacobs という小さい町に今私はいる。妻の友人であるカナダ人の女性が挙げる結婚式に参加する予定だ。結婚式前日である昨日、St. Jacobs のビアガーデンに結婚式の参加者が集まった。妻と私はそれに参加した。

まだ空が明るい18時ごろ、オープンエア店の同じテーブルに座った方々はカナダという国の多様性を象徴しているようなメンバーだった。シリアからの移民で英語の先生をしている女性、インド人だがケニアで育った女性、北京出身でカナダに留学している中国人の男女。そもそも花嫁からしてカナダ人だが日本で育って日本語がペラペラなのだ。みんな花嫁の大学時代の友人だ。

同じ大学出身のため大学近くのあの店が好きだなどと内輪ネタもあったが、その中でもカナダについての面白いエピソードをたくさん聞いた。

  • 元々 St. Jacobs はドイツからの移民が開拓した町だからビールがうまい

  • 街を外に出ると熊が出る。しかし性格はおとなしい。ゴミを漁るが人はあまり襲わない

  • カナダを観光するならバンフがおすすめ。6月末か9月頭の夏の始まりか終わりは人が少ない。ロッキー山脈が見れる。3つの国立公園にまたがっている。オーロラも見れる

  • カナダでは、ホッキョクグマを見かけたら一番近くにある誰かの車の中に入れてもらえるとのこと。それが法律で決まっているとのこと

参加者たちのエピソードも面白い。

  • 宗教について、中国人男性の留学時代に宗教勧誘の人が家に来た。中国人だから英語がわからないふりをしたら、宗教勧誘の人が「中国に5年いたから話せますよ」と返してきて困った

  • 一度聖書を genesis から読んだけどみんな名前がJから始まるしややこしいから読むのをやめたとインド人女性

  • 大学の時は階段の下で寝たことがあると花嫁。図書室は24時間開いている。熱心に勉強している学生がいる

あとは金融関係の仕事をしているという中国人が、日本円が今安いから旅行のしどきだと言っていた。確かに旅行するには丁度いいしオススメだ。しかし、円安は devalue といあ単語を使う。このため、円の価値が毀損されていることがはっきりわかってなんだかもやっとした。いや、日本にはぜひ来てほしいのだが。

そして、街中に充満するにおいの原因がわかった。風に乗って飛んでくるのは牛糞や馬糞のにおいだった。メノナイトの人々が昔と変わらない暮らしているので、この地域ではこのにおいが特徴的らしい。20ozもあるアンバーのビールを飲みながら歴史に思いを馳せた。

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フィッシュタコス。タコスの皮より魚が大きい

もちろん会話は英語で進む。ただ、会話の内容は大体理解でき、またジョークもいくつか笑いどころで笑えたので、自分の英語のリスニング力はまあまああることはわかった。しかしどうも受け答えはまだそれほどうまくできない。こちらから質問はできるが、質問されるとスムーズに返せないことがもどかしい。話題があちこちに飛んでしまうため、そもそも自分は日本語でも5人以上で会話するのが苦手だ。英語を流暢に話せる妻に感謝している。

それにしても、この記事を書くにあたり「カナダ人の花嫁が」とか「インド人の女性が」と書くことに少し違和感と難しさを覚えた。花嫁は日本育ちで妻いわく中身が日本人なのだそうだ。インド人の方はケニア育ちで、話を聞いているとどうもアイデンティティはケニアの方にあるらしい。

グループの中で一番異なる指標を使って人を区別することは一般に行われているため今回は人種を識別に用いた。しかし、彼女たちのアイデンティティがもし育った国にあるのならば、「この国の人がこういった」という表現はおかしなものになってしまう。

多様性とは、人は一言で表せないという至極当たり前だが日常の中で忘れてしまいそうになる事実にスポットライトを当ててくれるのだろう。ホテルに戻り、酒に酔った頭でぼんやりとそんなことを考えていた。

明日の土曜日には、St. Jacobs のマーケットが開催される。どんなものか楽しみだ。

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食の職人

「人はパンのみにて生くるものにも非ず」とはいうものの、誰でも美味しいパンを食べたいものだ。もちろん食べるためだけに生きているわけではない。食事で身体を満足させた上で別の精神的な充足感を得るために活動をする。しかし、食を追求する美食は作り手にとっても受け手にとっても生き甲斐になり得る。特に作り手のそれは、自分の腹を膨らます以上に、食材に対する探究心と「うまいものを人に食わせたい」という慈悲心がある。その純粋な友愛の心に畏敬の念を覚える。海のものや山のもの、食材だけでも数えられないほどあるのに、調味料や調理法をも考慮に入れるとそれらの組み合わせは無限に近い。複雑に分岐する暗い道筋に、名前なき先人たちの知恵で足元を照らし、言葉で武装した味覚と自らの舌を杖とし、経験と勘を合わせた想像力で狙った地点に到達することを願う。全ては目の前の人に「美味い」と言わせるために。そのようにして作られたパンを前に「人はこれだけで生きるものではない」と君は冷たく言い放てるだろうか。

(これは下書き。ちょっとだけ面白いフレーズが浮かんだので、簡単に書いて公開してみた。続きを書くかもしれないし、書かないかもしれない)

技術的な文章は一文一文ロジカルに地続きに書かないといけないが、エッセイは飛び飛びの方が面白い。最近こういう文章が書けなかった。この下書きは個人的にはリハビリに近い。一本筋を通した上で行間を膨らませる。膨らませるほど面白いが、前後の文同士が離れ離れになってはいけない。さらに文章の中には一つ、自分の中の常識が、狭い範囲だけオセロのようにひっくり返るような刺激物を入れておく。この辺りがエッセイの面白さだが、技術的な文章との往復が難しいので、モードチェンジが必要だ。段取りを考えて技術文章を書くこと、想像力を駆使してコードを書くこと、そして心の動きをエッセイに書くこと、これらの行き来は自分にとって簡単ではない。どれかのモードを選ばないといけない。そのどれも「書く」ことで共通しており、どれも好きな行為だ。好きなのに、ある程度の時期はそのどれかしか選べない。難儀なものだ。いずれかを進めると、残りのものが遠ざかる。特に技術文章の Shallow Reading に慣れすぎると、書き方が影響を受ける。思いついたことをダラダラ書いていく Shallow Writing になってしまうのだ。どちらも PC やスマホというメディアの性質のせいだ。PC を使いつつ、Shallow Writing しないように頭の使い方を訓練する必要がある。だから、この投稿はエッセイのためのリハビリのようなものだ。

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ビールのレビュー投稿サイト Beer Break を5月1日にリリースしました(β版)。私はソフトウェアエンジニアなので、企画からデザイン、実装まで自分で行いました。

https://twitter.com/Panda_Program/status/1520737630534930432

Beer Break はビールの写真と感想を添えてレビューを投稿できるサイトです。自分はお酒はビールも日本酒もウィスキーも何でも好きなのですが、ビールのレビューサイトって意外と見当たらないなと思い、自分で作ることにしました。

ビールのレビューを投稿する方、ビールが好きでレビューを読みたい方に使っていただければと思っています。

ビールを飲む方の課題を解決したい

自分でもビールを飲むので、以下のような課題を感じていました。

  • ビールはよく新製品が投入されるし、新しいビールを試してみたいけど外すのはイヤ。味はどうなんだろう

  • 最近ビールを飲むけど、この1週間でどれくらい飲んだか覚えていない。飲み過ぎではないだろうか

  • たまには定番のビールだけではなく、珍しい輸入ものののビールも飲んでみたい

そこで、これらの課題を解決しようとビールのレビューサイト Beer Break を作りました。

課題1「ビールは飲むまで味がわからない」

1つ目の「ビールは飲むまで味がわからない」という課題に対しては、ビールのレビューが溜まれば溜まるほど、色々な方が投稿すればするほど解決できる可能性が高まります。 正直なところ、投稿件数とその幅の広さが Beer Break の成否の鍵になると思っています。

例えば、新発売のビール(プレミアムモルツのホワイトエール)や、定番商品でも味がリニューアルされたビール(アサヒスーパードライ)の味がどうなのか気になる場合、Beer Break を見れば他の方の評価がわかるとレビューを読んだ方の購買意欲に繋がります。

また、ノンアルコールビールの中で一番評判の良いものを探すという使い方もできるでしょう。これはレビューを読む方がサイトを使ってもらうメリットです。

これに関してはレビュー数が増えると自然に解決できる課題と考えています。

課題2「最近ビールをどれほど飲んだかわからない」

2つ目の「最近ビールをどれほど飲んだかわからない」という課題に対しては、レビューの投稿を元に飲んだ量を自動で計算する機能を実装することで解決を図っています。

Beer Break は「家飲み需要」に答えたいプロダクトであるため、居酒屋での写真映えする大ジョッキの写真は現段階では投稿されていません。このため、1投稿で飲んだ量は 350ml と仮定して飲酒量を計算しています。 現在では、直近の1週間に飲んだ量と投稿数をログイン後のページで算出しています。

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直近の1週間で飲んだ量と投稿数

ビールを飲んだら写真に撮影し、そのまま Beer Break に投稿してもらうことでレビューの投稿のみならず、自分の飲酒量の記録になるのです。

なお、Beer Break は Web サイトであり、スマホアプリではありません。それでもビールの投稿に手間をかけずに済むように、PWA という仕組みを利用して、ブラウザからアクセスする手間を省いています。

スマホのホーム画面にアイコンを設置できるので、写真を撮ったらすぐに Beer Break にアクセスして写真を投稿できます。

課題3「珍しいビールを試してみたい」

3つ目の「珍しいビールを試してみたい」という課題に対しても、Beer Break で解決していきたいです。投稿してくださるユーザーさんの幅が広がり、趣味嗜好、住んでいる場所が多様になり、レビューの投稿数が増えると解決できると踏んでいます。

これに関しては、Beer Break によく投稿してくださるkanikama さんの投稿(WCB ウェストコーストブルーイング トリプルバレル)や、ふくいさんの投稿(マンゴー&レモンビール ラ・ガジェガ)を見ていると、自分が知らないビールの投稿をしていただいているので一定手応えを感じています。

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「WCB ウェストコーストブルーイング トリプルバレル」の Beer Break のレビュー画面

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「マンゴー&レモンビール ラ・ガジェガ」の Beer Break のレビュー画面

自分が知らない美味しそうなビールの投稿を見ていると、自分も買って飲んでみたくなります。そこで、ほとんどのビールのレビューページに購入ボタンを設置しており Amazon へのリンクとしています。 気になるビールはすぐに試せるよう、スムーズに購入できるようにしております。

Beer Break の機能について

サイトの紹介と解決したい課題について語った後、ちょっとだけ Beer Break の機能面の解説をします。

簡単にレビューの投稿ができる

一番こだわったところが「レビューの投稿ハードルを可能な限り下げること」です。

Beer Break でレビューを投稿するにあたり、感想の入力以外は画面のクリック(もしくはスマホのタップ)だけで済むように投稿画面を設計しています。頻繁にビールを飲む方が、投稿は面倒だと思われないようにするためです。

ビールの画像を選び、ビールの名前を一覧、もしくはサジェストから選んで(サイトに登録がなければ自分で入力)、本文を記入し、評価とテイストをクリックして選んで「投稿する」を押すだけです。

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Beer Break のレビュー投稿画面

ビールのレビューの本文は「うまい」というシンプルな一言だけでも問題ないようにしています。飲んだビールの味を「bitter」「sweet」「fruity」「sour(酸味がある)」「clear(キレがある)」の5種類から選ぶことができ、この組み合わせを見るだけで自分が好きなビールの味かどうかを判断できるからです。

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テイストの選択画面

ユーザー登録も可能な限り簡単にしています。Google アカウントと連携して登録し、自分のユーザー名と生年月日を入力すれば登録完了です。生年月日は未成年が登録できないようにしているため入力必須にしています。

ビール好きの方はぜひ Beer Break に投稿をお願いします!

今は Beer Break はβ版ですが、ユーザー登録、レビューの投稿、レビューに対するいいねやコメントは既に可能で、レビューサイトとして一通りの機能は揃えています。

それでもなぜβ版なのかというと、それはプロダクトに対する自分の心の持ちようです(笑)。システムが安定稼働して正式リリースができれば、もっと大々的に宣伝して多くの方に使って頂きたいと思っております。が、現段階では宣伝はまだ控え目にして、レビューを集めつつ機能を追加・調整して安定稼働を目指しています。

この記事を読んで頂いたビール好きの方はぜひユーザー登録をして、ビールを飲んだ時にレビューを投稿してみてください。 自分の好きなビール、飲んで美味しかったビールをぜひ広めていきましょう!

もしお口に合わなくても、もしかしたらそのテイストが他の方の好みかもしれません。投稿していただいた内容は、必ず誰かの役に立ちます。ビールの写真を撮ったらぜひ Beer Break にレビューの投稿をお願いします!

最後に

まだまだリリースしたてですが、これからも快適に使ってもらえるように開発していき、ビール愛好家の課題を解決し、ビール好きの健全なコミュニティ作りに貢献できるよう頑張っていきます!

最後に。自分が一番好きなテイストは、「sweet」「fruity」で、好きなビールはプレモルの香るエール白濁(しろにごり)です。

👇 Beer Break へアクセス👇

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Beer Break トップページ

https://beerbreak.info/

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「オレのワタシの記念日」に応募したら当選した

3月のある日、妻が突然「俺のイタリアンでロッシーニ祭りをやってるから食べてみたい」と言ってきた。 ロッシーニといえば、牛フィレ肉の上にフォアグラを乗せ、トリュフのソースをかけた濃厚でハイカロリーな料理だ。

ロッシーニはイタリア人のオペラの作曲家で、そして美食家だったそうだ。上記の豪勢な料理は彼が考案して、今はフランス料理で「ロッシーニ風」と呼ばれている。

ただ、今回はその料理について語ることがメインではない。キャンペーンに当選したことを紹介する(= お店にお礼の記事を書いて店を宣伝する)が目的だ。

話を続ける。俺のイタリアンに行った時に、妻が「俺の」のアプリをインストールした。すると、アプリ内のバナーに「オレのワタシの記念日」というキャンペーンが表示された。

このキャンペーンでは太っ腹にもフルコースを無料で食べさせてくれるらしい。 ただし、条件は「二人の記念日と『俺の』に関する思い出」を自由入力欄に記述することだ。

6年前、たまたま妻と付き合い始めたその日に俺のイタリアンに行ったので一応エピソードはある。 妻が応募してみるというので、私は「ある程度の分量を書いてみたら選ぶ人の目に留まるんじゃない?まあ落ちても家で祝おう」と話したところ、有難いことに当選した。

https://www.oreno.co.jp/2022/03/10/kinenbi

後から店で聞いた話なのだが、5月だけで200通の応募があったそうだ。 「オレのワタシの記念日」では365日のうち毎日1組が選ばれるので、1日に6~7組が応募していることになる。

キャンペーンが知れ渡るとこれからさらに競争倍率が高くなるだろう。キャンペーンが始まってすぐに記念日が重なっていていたため、早めに応募できてよかった。

Grand Maison ORENO

さて、このキャンペーンでは、料理は新店舗で振るまわれる。その新店舗の名前は Grand Maison ORENO(グランメゾン俺の。以下グランメゾン)。2021年に開店したそうだ。

oreno サイトトップページ

https://www.oreno.co.jp/grandmaison_oreno/

ネットで紹介ページを見てみると、シェフもギャルソン(料理を運んで説明してくれる人)もソムリエも超一流を集めましたと書いている。

これはこちらもちゃんとしないと、ということで当日は普段あまり着ることのない襟付きのシャツを引っ張り出してきてアイロンを当てて準備した。

レストランに行く前に身だしなみを整える

しっかりしたレストランに行く時はドレスコードを満たすことはもちろんのこと、しっかりした服装をした方がいい。私が大学時代にレストランでアルバイトをして学んだことだ。

レストランでは、食事をサーブする側にお客さんの社会的地位や名誉はわからない。そのような肩書きは帰り際に名刺を貰う時に初めてわかるものだ。だから地位名誉に関係なく、身なりをきちんとしておくだけで丁重に扱ってもらえる。

このことを「ドレスコードは侮られないため。服をちゃんとするのはその場に相応しい人になるため」と自分は考えている。

ポイントとしては、何も高い服を着たり新しい靴を履く必要はないところだ。服のブランドのタグは外から見えない。代わりに、シャツやジャケットのシワを伸ばし、ズボンのシミや靴の汚れがついていないことを確認すればそれでOKだ。

当日はそのように服装を整えてお店に向かった。

当日のコース料理

店は大手町のサンケイビルの地下にある。店の中はコンサートホールのように、中央にあるステージと巨大スクリーンを中心にして扇状に座席が広がっている。

ステージの上にはピアノがあり、食事中に演奏が楽しめるのだ。ピアノは「ピアノの森に出てくるやつだ」と妻が言っていた。その値段は家が一軒立つくらいのものらしい。

店内の風景

https://www.atpress.ne.jp/news/298719 より引用

座席についてシャンパンを注いでもらった後、コースが始まった。

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座席

料理は一品一品どれも目で見て楽しいし、とても美味しい。素材もきっといいものを使っているんだろう。どれも上品で濃厚だけどサラリとした味わいだった。

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「トリュフパイの実」可愛らしいアミューズ。焼きたてでとても美味しい

カクテルグラスにムースとジュレの料理が入っている

「オマール海老のコンソメ "トマトのムースカクテル仕立て"」ウニが乗っていて美味しい

平たい皿の上に筍とエビが乗っている

「旬感の一皿 "四季の贈り物"」筍とエビが美味しい

皿の上に白い泡と貝が乗っている

「海の幸の一皿 "UMAMIのオーシャン"」泡の下に白身魚が隠れている。ふわふわとした食感で美味しい

牛フィレ肉とフォアグラが皿に乗っており、ソースが下に敷いてある

「牛フィレ肉とフォワグラのロッシーニ "黒トリュフのペリグーソース"」牛フィレ肉が柔らかく、フォアグラには全く臭みがない。ソースも口の中で混ざって噛めば噛むほど美味しい

四角い小さいパン

「俺のベーカリーのパン」もっちりとして美味しい

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「一期一会のデセール」アイスクリームもチョコレートケーキもとても美味しい

(全部のキャプションの終わりが「美味しい」なのだが、実際に美味しいので仕方がない)

食事の最後に記念日のプレートを持ってきてくれて、そこで記念撮影。盛り付けも綺麗でとても美味しかった。

行ってよかった

最後に店の方が話しかけてくれた。グランメゾンの店長とシェフは、元々俺のイタリアン青山店にいたそうだ。それを聞いて妻が「3年前の記念日にも青山店に行ったんですよ」と伝えたら、「その時は確実にいました」と答えてくださった。すごい偶然だ。

実はこの日の昼に、アメリカに行けないと確定して落胆していた

料理も美味しかったし店の人も優しく、いい思い出になったねと妻と話しながら店を後にした。

「オレのワタシの記念日」のキャンペーンはまだまだ始まったばかり。気になる方はぜひ応募してみてください。

https://www.oreno.co.jp/2022/03/10/kinenbi

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会社の賞のアメリカ旅行

事の始まりは、会社で妻の所属するチームが社内賞を受賞したことだった。 その賞には毎年全社から50名ほどが選ばれ、選出された人全員に副賞が与えられる。特に優秀な成績を収めた人はポルシェやロレックスの時計が貰えるらしい。が、それはウチとは無縁な話だ。

50人全員が貰える副賞のはクリスタルの盾とアメリカ行きの旅行だ。 その旅行の行き先は毎年変わる。去年はハワイだった。飛行機のチケット代もホテル代も、ホテルでの飲食費も全部会社が負担してくれる。しかも滞在期間は1週間。これを妻から聞いた時に流石は外資系の会社だと舌を巻いた。

そして、幸運にも今年の社内賞に妻の所属するチームが選ばれた。 2022年の3月頃のことだ。その知らせを聞いて夫婦でひとしきり喜んだ後、二人の話題は今年の旅行先に移った。

しばらくして会社からアナウンスがあり、今年の旅行先はフロリダ州のオーランドに決まったとのことだった。 宿泊予定先はフォーシーズンズ・リゾートという、本場のディズニーランドの隣に立っている5つ星ホテルだ。しかも滞在予定期間はゴールデンウィークの翌週で、妻はもちろん仕事を休めるし、自分も有給を取ればさらに1週間仕事を休むことができた。はずだった。

しかし、タイトルに記載した通り、思いがけないあることが原因で私のVISAが免除されず、その無料のアメリカ旅行に行けなくなってしまった。 事の顛末をエッセイとして書くことで行き場のない思いを供養したい。

入念な事前準備

コロナ関連の書類手配

今年の行き先が決定した後、情報収集と必要な手続きを進めていった。

まず調べたのはコロナ関連のことだ。現在のアメリカは2回のワクチン接種証明書があれば、入国してからの自己隔離は不要になる。 夫婦ともにブースターショットまで打っているのでワクチンに関しては問題なしだ。そこで、海外で使えるワクチンの接種証明書を郵送で市から取り寄せた。これでコロナ関連のことは大丈夫だ。

事前の休暇申請

次に私の休暇申請だ。 ゴールデンウィーク明けの平日5日間を丸々有給消化するというのは正気の沙汰ではない。と思ったのか、1on1でそれを告げた時 にマネージャーは唖然とした表情を浮かべた。私があえて理由を告げずに「1週間休みます」と話したのが主な理由だろう。驚くであろうことは事前に想像できていた。

どちらかというと「会社が、仕事が嫌になったのか」「転職活動を裏でするためなのか」と思われたのかもしれない。そこですぐさま、ちゃんと理由があって仕事が嫌になったわけでは全くないと伝えたら、いきなりでびっくりしたとマネージャー。そこで二人で笑い合った。 緊張と緩和だ。ありがたいことにマネージャーは妻のことを労ってくれた。

休暇の話は前もってしておくとスムーズだというのが社会人7年目の私の経験則だ。 3月のうちに5月の休暇の話をマネージャーとも自分が所属するチームともして、特にチームに対してネガティブサプライズにもならないように配慮した。そして、自分が休んでも支障がないように4月中の仕事を進めていた。

飛行機のチケットの手配

最後に、フロリダまでの飛行機チケットの手配。 アメリカ国内でのトランジットを含めて、10時間以上の長旅になる。座席の値段を見ると一人往復30万円超だった。高いけど会社が払ってくれるのは本当にありがたいねと二人で感謝して予約ボタンを押した。

妻は3月末にチケット代をドル建てで決済しており、4月に経費申請して会社から円建てでチケット代が振り込まれた。この期間に急激に円安になったため、日本円で5万円ほど儲かっていた。 妻の支払いは3月のドル円レート、会社の経費精算は4月のレートで計算されていたからだ。

この時は「いやらしい話だけど、タダで旅行に行けるのにさらに儲かっちゃったね」と言っていた。結局全額返すことになることはつゆほども知らずに。

コロナ対策を頑張った4月

さて、この段階ではまだアメリカに行けると考えていたものの、コロナ関連のことだけは未知数だった。ワクチンを接種していても出国できない可能性があるからだ。 フライトの前日に必ずPCR検査を受けなければならず、万が一陽性だった場合に日本から出ることができないことになっているのだ。

このため、4月はコロナ対策をいつもより入念に行った。具体的にしたことは、4月中旬から極力人に合わないことだ。 久しぶりに会おうというお誘いがあっても泣く泣く断った。もちろんゴールデンウィークの予定は何も入れない。友人とも合わないし帰省もしない。

ただし、4月下旬に遠方に住む妻の家族が家の近くに来た時だけは会いにいって一緒に食事をした。アメリカに行くために家族に会わないよりは、家族に会ってもアメリカに行けない方がマシだよねと夫婦で意見が一致したからだ。妻の家族が予約してくれたレストランの席が外の席でオープンエアだったのでホッとした。この時は食事を済ませると早々に解散した。

4月もゴールデンウィークも我慢できたのは、アメリカではもうマスクを外して活動しているという話があったからだ。 フランスの高名な詩人も「苦しみの後には楽しみがくる」(「ミラボー橋」ギヨーム・アポリネール)と歌っているではないか。

ESTAの申請で事件は起こった

我慢の4月が終わり、5月のゴールデンウィークに入った。 近所のショッピングモールでスーツケースを新しく買った。現地の夕食会ではドレスコードがあるから服も準備しないと。成田空港発の飛行機は朝10時出発だから空港近くにホテルも取らないと。その前にESTAの申請をするかと夫婦でダイニングテーブルに座ってパソコンを並べた。

ESTA(アメリカのVISA免除制度)はオンラインで申請できる。 ウェブページは日本語版の申請画面もあり、特に困ることなく申請を進められた。最後の方で「重い病気はあるか」「テロリストとして活動したことがあるか」のような物騒なチェックリストがあった。もちろん全て「いいえ」を選んだ。海外への渡航歴を除いては。

チェックリストの最後に「2011年3月以降にイラン・イラク・シリア・北朝鮮...等の国への渡航歴はあるか。あるならその目的は何か」という項目があった。 そういえば、と古いパスポートを引っ張り出してきた。大学1年生の時にシリアを含む中東の国に旅行に行ったことがあったからだ。

シリアの思い出

高校生の時に世界史にハマり、特に世界の歴史「イスラム世界」 という文庫本を読んだ。それから中東の歴史・文化の豊かさを知り、いつか旅行したいと思っていたのだった。大学に入学して同じく中東に興味がある友人と、春休みを使ってトルコ、シリア、レバノンに行く計画を立てた。

中東は特に未知の世界だ。恐る恐る行ってみると、意外にもシリアはいい国だった。外国からの観光客と見るや、大人も子供もはにかみながら英語で「Welcome to Syria」と話しかけてくれるのだ。こんな国は他にはない。 首都ダマスカスで最古のモスクであるウマイヤモスクを見学したり、スーク(バザール)の入り口に立つスレイマン大帝の銅像を見て、歴史と人の営みに思いを馳せた。

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2011年のシリアのビザ

惜しいことにデジカメのデータが消えてしまってその時の写真は手元に1枚もない。残っているのは頭の中の記憶ばかりである。それでも、確かにシリアの渡航歴はある。

渡航期間

次に渡航の期間だ。ESTAのチェックリストには「2011年3月以降に〜」と書かれている。自分は惜しくもこれに該当している。 忘れもしない、2011年3月は東日本大震災の月だ。自分はこの時シリアにいた。

当時ガラケーを持って旅行していた。国際電話で安宿から実家に電話してみたのだった。電話回線はとても貧弱で音声は途切れ途切れ。どうなっているか状況ははっきりしない。安宿なのでパソコンも置いていない。海外にいるから正確な情報が入ってこない。

結局実家は無事だったのだが、あの電話は地球の歩き方に載っていたシリアの宿からかけた。これは間違いない。大学の春休みを使っての旅行だったし、シリアに滞在していたのは2011年の3月だ。これでESTAで尋ねられている期間に該当することが確定した。

ただし、滞在日数は4日あるかないかだ。自分が出国してから2週間後にシリアで内戦が始まったというニュースを日本で聞いて心を痛めたこともよく覚えている。

一抹の不安もあったが、やましいことは何もない。渡航歴の有無を尋ねる項目に「はい」にチェックをして、目的として観光を選択した。

ESTA申請がリジェクト(拒否)された

そして残りの項目を記入し、申請手数料を払った。ESTAの申請結果は72時間以内にわかるらしい。申請結果は明日確認しよう。でもその前に、確認方法だけは知っておかないとな、と思って申請IDをESTAの確認画面に入力した。

まさかすぐに結果が出ているわけがないだろうと思って「Pending」でも表示されるかなと思っていた。しかし、次の瞬間、目に映ったのは「Reject」(拒否)の文字だった。

一瞬混乱した。やはり渡航歴がダメだったのか。しかし画面をよく見ると、「VISA(ビザ)を申請してください」という案内が表示されている。 ビザならアメリカの大使館で取得しなければならない。Google でビザ取得までの期間を調べたら、10日程度で発行されると書いている。

この日は5月3日で飛行機は次の日曜日の5月8日。電話番号を調べてすぐに大使館に電話した。 誰かが電話に出た。それはゴールデンウィークで休みですという案内音声だった。

誰かが事前に録音した、アメリカドラマの日本語吹き替えのような日本語なのにやたら抑揚のある音声。普段は人の心を開かせるようなこの明るさが、が、この時は逆に人を冷たく突き放すように思えた。「No。あなたに取る手段はありません」と笑顔で言われているようなものだ。

もう無理だ、アメリカに行けない、代替手段もない、詰んだ...と悟った瞬間、急に体が重くなった。 そのまま椅子からずるりと滑り、床に大の字になって仰向けで天井を見つめた。

与えられるはずだったのに失ってしまったもの

しばらくの間、頭の中を後悔が駆け巡る。

「シリアの渡航歴に『いいえ』をつけていれば。あれからパスポートを更新したので番号も変わっているからわからないかもしれない」「いや、ただ観光で旅行しただけなので自分に後ろ暗いところは何もない。それにあの時は全く危険ではなかった。それよりアメリカについた後の入国審査でバレてそのままトンボ帰りになる方が最悪だ」

「アメリカに行けないリスクはコロナだけだと思っていた」 「妻は前から『自分一人では楽しくないから、あなたが行けなければ私も行かない』と言っていた。妻が仕事を頑張って貰った賞なのに妻も行けなくなってしまって申し訳ない」「色々前もって行動して万難を排したつもりだったのに」「もっと早くに行動していれば間に合ったのに...」

妻は「仕事を頑張って社内賞をもらえたこと自体が嬉しい。旅行はおまけだから今回は仕方ない」と言って慰めてくれている。それが唯一の救いだ。 それでも、与えられるはずだったが失ってしまったもののことを考えてしまう。

無料で泊まれるはずだったフォーシーズンズ・リゾート。調べてみると一泊20万円からだ。そんなに良い部屋に泊まったことはないし、これからもないだろう。

滞在中に会社から毎日貰える800ドル(今の為替レートだと約10万円分使える)の小遣い。ルームサービスとかスパに使えたはずだった。

ディズニーランドにも行けたはずだった。希望者は入場チケットを会社が手配してくれ、しかも往復のバスまで出してくれる予定だった。

プールの一部エリア貸切、バーでカクテル飲み放題...。得るはずだったのに失ったものはキリがない。 「上下ともに白」というドレスコードありのディナー会が予定されていたので、これに行かなくて済むようになったので多少気持ちは楽だったが。

今から考えると飛行機のチケット手配と同時にESTAの申請をしておけばよかったのだ。 ESTAの手続き自体は十数分、出国の3日以上前に行えば良いと聞いていたので後回しにしてしまったのだった。

飛行機のチケットを取ったのは3月だったから、あの時行動していればビザの申請にも十分間に合っていた。完全に自分のミスだと悔やんでも悔やみきれない。

妻の会社にも行けなくなったことを連絡して、飛行機のチケットをキャンセルした。ああ、座席を確保したあの飛行機は自分達を乗せず、この夏空を軽快にも飛んでいくのだ。私はそれを地上から見上げる他にできることが何もない。

結局のところ

最後にもう一度、ESTA申請が遅れたから行けなくなったのかと自問してみる。 しかし、遅れたといっても普通なら問題ない期間での申請だ。人は合理的であっても全知ではない。ESTA申請には間に合うように行動する程度には合理的なのだ。しかし全知ではないので、それが却下されるまで、シリアの渡航が問題になるとは全く思っていなかった。

ではシリアへの渡航、過去の自分の行動が原因なのだろうか。いや、あの頃シリアは全くの平和だった。そうであれば、たまたま自分が滞在した月がアメリカの設定した「2011年3月からの渡航歴」という基準月に重なってしまったからなのか、と考えるとどうもこの偶然の結果が今なのだろうと考えることにしている。

できる限りのことはした。コロナ対策や書類取り寄せ、情報収集、各所への連絡。

しかし、結局のところ、ネットに弾かれたボールはどちら側のコートに落ちるか誰にもわからない。 自分にとってのネットがこの2011年3月ということだっただけだ。私の渡航歴というボールが偶然にもこちら側、つまりアウト側に落ちてしまっただけなのだ。

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「ジョジョの奇妙な冒険 Part7 スティール・ボール・ラン」より引用

過ぎたことは仕方ない。昨日はしっかり落ち込んだので、一日経ってこうして文章を書けるほどに元気が出てきた。ちゃんとコロナ対策をしつつ、しばらく我慢していた銭湯にいくことにする。

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バックパッカーの間では「沈没地」という言葉が知られている。 バッグ一つで海外の安宿を巡り歩き、旅行代を出来るだけ浮かそうとするバックパッカー。彼らが沈没という単語を使うなら、それは飛行機ではなく船で移動する際の悲劇ということだろうか。

沈没という単語から海を連想するかもしれないが、船は全く関係ない。沈没地とは、ある都市や宿の居心地が良すぎるので、次の目的地に進むのに腰が重くなったり、いつまでもそこにいたいと思わせるようなところだ。

それは夕日が綺麗な海辺だったり、治安がいい上に安くて飯がうまい都市だったり、のんびりと過ごす人たちが集まる日本人宿であったりする。学校や塾、会社の通勤や会議であくせくしていた毎日を忘れさせてくれる、そんな場所だ。

バックパック旅行にもちろん決まったスケジュールなんてない。道端を歩く犬を見たり(狂犬病の恐れがあるので近づいてはいけない)、外で麻雀やトランプに打ち興じるご老人たちを横目に旧市街を散策したり、二段ベットが並ぶドーミトリーで一日中ゴロゴロしても良い。全ては自分次第である。

例えば、インドのニューデリーは有名な沈没地だそうだ。2017年に旅行した際、宿泊したニューデリーの日本人宿でそう教えてもらった。自分がそこにいたのは夏だった。昼間の外気温は40度前後まで上がり、今まで経験したことがないような暑さだった。

昼はみんな寝ている。暑さで体力が奪われるのだ。安宿へのチェックインは受付の前に置かれているベンチに寝ている男を起こすところから始まる。生産性なんて言葉はクーラーの効いた部屋にいるホワイトカラーのものだと実感した。ニューデリーの夏は暑く、何かをしようとする気力が削がれる。

街の人が行動するのは夕方からだ。夕方になって陽が落ちて、初めて街中から子供たちが外で遊ぶ声が聞こえ始める。

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宿で安全で美味しいと教えてもらった店のマンゴージュース。だが、この後案の定腹を下して3日間ほどトイレが近くにないところへは遠出できなかった

宿に宿泊している他の日本人もインドに感化されのんびりしている。宿代も飯代も安い。宿にいる日本人の旅行話、身の上話も十人十色でまあ面白いこと。心細い異国の地で郷里を共にする(実際は別の都道府県出身だが)人と話していれば、同じ言葉を話すだけでも自然と心が打ち解けてしまう。カモを見つけてはすぐに騙そうとしてくる人が多いニューデリーなら尚更である。

それゆえ、この宿に泊まる人はまあまだここにいていいかと滞在する日が1日1日と伸びるそうだ。自分は出発のチケットを予め取っていたので1泊か2泊しかしなかったが、そうでなければもう少し長くいただろうと確かに思う。

とまあ、ここまでが長い前置きである。ニューデリーの話はまた別の記事で書こうと思う。この記事では、そのような居心地の良い「沈没地」を日本で見つけてしまったという話をしたいのだ。

そこは目黒区の西小山にある東京浴場という銭湯だ。 西小山駅から徒歩5分くらいの場所に位置し、スーパーのライフの向かいにあるのでわかりやすい。暖簾をくぐると大きな本棚が聳え立っており、上から下まで全部マンガで埋め尽くされている。なんと、入浴料を払うだけでこの漫画が読み放題なのだ。

https://shinagawa1010.jp/list/tokyo_b/

この銭湯は親子3世代で来れる銭湯を目指しているそうだ。 実際、小学生くらいの子供がいる親子連れ、友人と連れ立ってきている大学生くらいの若者からローカルの方と見受けられるお年寄りまで、確かに全世代で湯船を共にしていた。

しかもその比率はどの年代に偏っているわけでもない。これはすごいことだ。地域の人に愛されているというのはこういうことかと実感した。

今人気のサウナは予約が必要な個室のものが一つあるだけだ。だが、高温の湯と井戸水を汲んだ冷たい水風呂がある上、椅子が5つもあるのでゆっくり休憩することができる。熱い風呂に入り、水風呂で体を覚まし、椅子で休憩できる。そんな素晴らしいところだ。

今日は祝日だったため、昼過ぎに東京浴場に行ってみた。 風呂に入って日頃の疲れと汗を流す。露天風呂ではないものの、天井が高いため開放感がある。上がって体を拭き、座席を確保してマンガ(スパイファミリー)を読む。うとうとと眠たくなってきたら、もう一度熱い風呂に入って目を覚ます。理想の休日の過ごし方だった(滅多に再現できない)。

銭湯でリフレッシュするにあたり必須のステップは椅子に座って何も考えずにぼーっとすることだ。これを飛ばしてしまうと、あくせくとした日常の延長になってしまう気がする。

椅子での休憩中に面白い発見があった。湯船から上がって椅子に座りながらなんとなく周りをみると、銭湯で流れている時間は日常とは異なることに気づいた。時間の流れがゆっくりなのだ。そして、それは自然と人の動きが遅くなるからだと気づいた。

浴室では足を滑らせないようにしてか、屈強な体格の持ち主でも一歩一歩確かめるようにして歩いている。湯船に浸かってのぼせるくらい顔を真っ赤にした人でも、湯から上がるときは急いでいない。

休憩用の椅子に座る人は深く腰掛けようとして、座面に尻をつける直前にちょっと静止するように見える。その一瞬のうちに、椅子が冷たくても我慢するという決死の覚悟をしているのである。

その他にも、一定のスピードで湯が足されていくじゃぶじゃぶという音、湯桶がタイルに当たるかこんという音、離れた場所で人が会話しているぼそぼそという音。そんな音が蒸気で曇る室内で薄ぼんやりと聞こえてくる。目と耳で楽しんでいると、足には水風呂から流れ出てきた冷水が当たっている。

五感で銭湯を感じながら蛍光灯をぼんやりみているとその瞬間がきた。「ととのった」のだ。

自分がととのう前兆は背骨のあたりが急にズシンと重くなること。これが起きたら直後に視野は狭まり、遠くにある蛍光灯の光がはっきり見え、顔の筋肉が弛緩する。この時、話しかけられたりしてはいけない。そのまま蛍光灯を見続けると光が大きくなってくる。光への没入感が大きくなったらととのった証拠だ。

2分ほど経つとすっかり元通りになる。頻繁にサウナに行くわけではない自分がはっきりととのったのは1年ぶりだ。なんだか頭がすっきりしたように感じる。今度は今度は友人ときてみようか。ここであれば友人もととのうのだろうか。

そんなとりとめのない考えを誰かに話すわけでもなく、とりあえず note に書く決意をして、すっかり日が落ちてしまった西小山の東京浴場を後にしたのだった。

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2021年12月も下旬に差し掛かった。毎年恒例の年末進行だ。去年はできなかった対面での忘年会がいくつかあった。珍しいことに、大学の部活や寮の同期・後輩はソフトウェアエンジニアが多い。

情報系の大学院に進学して就職した者、文系から新卒でエンジニアになった者、全く別の職種で就職して、社会人からプログラミングの勉強を始めてエンジニアに転職した者。自分も最後のタイプの一人だ。同窓会を開くたびにエンジニアが増えていく。

彼らとエンジニアのキャリアについて話した。 その中で挙げられた選択肢は、同じ会社で働き続ける場合はエンジニアのままテックリードなど知識・スキルを深化させ会社のために活かす役職につくか、マネージャーになってメンバーの成果を最大化することに注力するか、間をとってプレイングマネージャーになるかだった。

もし会社を飛び出すなら、仲間を見つけて起業してCEOもしくはCTOになるか、フリーランスのエンジニアになるかだ。情報系学部以外卒のエンジニアのコンプレックスを解消するために大学院に行っても良い。この場合、働きながらでも良いし、フリーランスになって週2日働きながら大学院に通っても良い。実際、最後に挙げた例を選択をした知人もいる。

翻って自分と向き合ってみる。すると今やりたいことは現在の仕事と、Webサイトを個人で開発して多くの人に使って貰えるサービスを作るという挑戦をすること。そして、こうして文章を書くことだ。

私にとって綺麗なコードを書くことと綺麗な文章を書くことは感覚的にとても近い。 例えば、文章の構成を練ることとコードの設計をすることは似ている。他人の文章の引用や自分の知識、言い回しが正しいことを確認することと、言語、フレームワーク、ライブラリの使い方を調べることも似ている。人が読みやすく理解しやすい文章になるようブラッシュアップすることとコードのリファクタリングはさらに似ている。リファクタリングが私の一番好きな作業だ。

世界中で使われているブログツールであるWordPressの作者は「Code is Poetry」という言葉を好んで使っている。コードは詩であるというのだ。 実際、wordpress.orgの最下部にはこの言葉が刻まれている。コードはコンピュータへの命令である一方、読み手である人間に様々な感情を呼び起こす。良いコードと良い文章が読み手に与える印象はとても似ている。

振り返ると小学生の頃の夢はジャンルは問わず、何らかの本を出版することだった。しかし、大人になってコードを書くようになりWebサイトをPublishすることはあっても、本を出版することはできなかった。コードを書けばコンピュータは動く。だが、文章を書いても人の心が動くかはわからない。 結果のわからないことに対して人は腰が重くなるものだ。

私はかつてネット上に文章を書くこともしていた。中国万事通 というサイトを作って自分の中国旅行を記録していたのだ。当初WordPressで作成したこのブログサイト(現在はGatsbyで作り直している)が、自分に文筆家としての富や名声をもたらすことはついになかった。しかし、このサイトを立ち上げて自力でカスタマイズしたことが、自分にWebエンジニアとしての道を開いてくれたのだった。

エンジニアとして働き始めて来月で5年目だ。起業も大学院への進学も自分の今やりたいことではない。周りのエンジニアと考えることは違うかもしれない。だが、30歳を迎えたこの1年間は余暇を使ってもう一度子供の頃の夢を追ってみようと思う。 1~2週間に一度、noteにエッセイを投稿することにした。旅行のこと、キャリアのこと、家族のこと、お金のこと、色々書いていきたい。ただ、SNSで現実のコミュニティを引き継いでいる現代のインターネットは完全に匿名ではないので、仕事の話題はあまり多くないかもしれない。

私の好きなCreepy Nutsと菅田将暉の「サントラ」という曲の中で、歌手も役者も人の感情以外は何も生み出さない仕事と語られているが、エッセイというジャンルもその一つだ。 それでも、文章を書き残すことで自分の足跡を残し、それが読んで貰える人にとって少しでも役に立つなら恐縮であり光栄でもある。次の投稿の内容を考えつつ、今回は筆を置くことにする。

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パンダのエッセイ

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エッセイでも書いてみようかと思う。

というキザな書き出しで始めるのも憚られるほど、書くならエッセイだと前々から決めていた。

コロナ禍で家にいる時間が増えたため、東京に居ながらにして生活のテンポがスローペースになったからだ。

私はエンジニアとして働いている。周りの優秀なエンジニアは基礎知識の習得や最新情報のキャッチアップをするために自分の余暇の時間を割くことが苦ではない人たちばかりだ。

そのため、コロナ禍以前には周りに遅れをとらないように勉強会に足繁く参加しては苦手な懇親会で作り笑いをして、初対面の人と無理に共通の話題を探し出しては、帰りの電車で疲弊した体をシートに埋めていたものだった。

翌朝出社して、勉強会で得たことを同僚に共有する。昨晩の勉強会の登壇者たちの技術に対する素晴らしい熱意に感化されつつ、「あれもこれも自分には足りない。本や記事に目を通し、手を動かして学ばないといけない」という劣等感と焦りを感じながら自席で仕事に取り掛かる。

しかし、他社で頑張っている人がいると知ることが自分の活力につながるため、喉元過ぎればなんとやらで、また面白そうな勉強会を探しては参加するのであった。

そのような状況はコロナ禍におけるリモート勤務で一変した。仕事が終われば「退勤します」とSlackに一言書いてしまえば後は自分の時間である。今までの通勤時間の分だけ余暇が増えた。勉強会はオンライン開催であるため、移動が不要で懇親会も自由参加だ。さらに、休日は外出することもない。人生のテンポが遅くなった。

余暇が増え、自分のことについて考えることが増えた。その中でふとした時に子供の頃の夢の一つを思い出した。それは作家になり本を出すことであった。

しかし、その考えを誰にも明かさないうちに自分の中できっぱり否定していた。「自分は作家として飯が食えるのか。いや、無理だろう」と。

なぜなら、文学に取り組むほど気骨ある決意でもなければ、壮大で深遠な小説のテーマを考えることもできないからだ。自伝を記すほど大した人生は送っていないし、旅行記を書くほどの大冒険をしていないからだ。

それでも、文章を書くことは好きだ。常に何か書いているというわけではないし、作品と呼べるものもない。

ただ、高校生の時に夏休みの読書感想文で佳作を取ったし、日直の当番日誌に書く12行ほどの報告欄には毎回小ネタや小咄を仕込んで担任から「お前の書く文は面白い」と褒められたことは覚えている。

だから、「何が得意ですか」と尋ねられたなら「文章を書くこと」とほんの少しだけ胸を張って答えられる特技であると思っている。

ただ、数年前に実際にこの質問を投げかけられたことがあり、この回答をしたところ「何を言ってるんだ」という怪訝な顔をされたことがあった。それ以来、同様の質問には「日本語ラップが好きなので、日常会話の中で偶然韻を踏んでいる箇所がすぐにわかります」と全く別のことを答えるようにしている。

そんな自分に去年転機が訪れた。エンジニア向けの技術ブログを始めたところ、「内容がわかりやすい」「いい内容だ」と同僚からお褒めの言葉をいただくようになったのだ。結果、文章を書くことに対してまた自信を得た。次に気合を入れて書いた記事は、はてなブックマークでトレンド入りした上に、700以上のstarを獲得した。大変ありがたいことだ。

しかし、これは技術記事での話である。技術記事は書くのも楽しいため、この方向で進めてもよかった。ただ、自分が子供の時は自分がエンジニアとして働くことは露ほどにも考えていなかった。自分はエンジニアになれないと思っていたからだ。

エッセイなら今の自分でも書けるかもしれないし、子供の頃の自分でも納得してくれると思った。そこでエッセイという形で文章を書いてみようと思った。

まずは2週間に一度のペースで書いていこうと思う。

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2019/12/1に開催されたPHP Conference Japan 2019に参加しました!

弁護士ドットコム株式会社は、PHPカンファレンスのプラチナスポンサーです。当日はブースを出しており、たくさんの方にお越し頂きました!

弁護士ドットコムのブースの様子

以下では、私が参加したセッションについてレポートを書いていきたいと思います。

MVCにおける「モデル」とはなにか - 天重誠二

まず、「MVCにおける「モデル」とはなにか」というセッションに参加しました。登壇者は弊社テックリードの天重(@tenjuu99)です。

https://speakerdeck.com/tenjuu99/what-mvc-is

この講演は、トリグヴェ・リーンスカウク博士が考案したMVCの考え方を通して、コンピュータと人間の関わり方を探求するセッションです。講演内容は「ドメインモデル」「メンタルモデル」「パーソナルコンピュータ」「MVCとは何か」という4つのセクションに分かれています。 「デザイン」「ユーザー」「社会」「個人」「分散情報システム」など根底にあるテーマが非常に多岐にわたるので、要点のみ紹介します。

ドメインモデルについて天重は、メイン駆動設計 ~ユーザー、モデル、エンジニアの新たな関係という杉本氏のスライドを引用し、ドメインとドメインモデルを区別します。ドメインをビジネス、つまり目的であり、ドメインモデルをドメインに対する情報処理の手段であると考えます。ドメインモデルは情報処理の手段なので、ITシステムに限った話ではなく、飲食店であれば複写式伝票や自動券売機などがあることを例に挙げます。

注文の複写式伝票をデータ化した図

また、メンタルモデルという概念はドナルド・ノーマン氏の「誰のためのデザイン?--認知科学者のデザイン原論」という本をきっかけに広まったことを紹介します。メンタルモデルは「頭の中にある、ああなったらこうなるという行動のイメージを表現したもの」であり、さらにノーマンの言葉を引用し、ソフトウェアデザインにとっては「人が作業そのものに没頭し、コンピュータを使っているという意識がなくなるソフトウェア」が重要と語ります。

次に「パーソナルコンピュータ」について、ダイナブックを引き合いに出します。ダイナブックとは、アラン・ケイが考案した個人向け(パーソナル)コンピュータです。ここでは、アラン・ケイが、ダイナブックを使う人たちを想定した架空のエピソードが紹介されます。

「9歳のジミーとベスがダイナブックの宇宙船ゲームで遊んでいる。ジミーはゲームに負け惜しみのようにに、『宇宙船の動きが太陽の重力を無視して不正確なんだ』とベスに話す。二人は図書館で宇宙について調べた後、プログラムを修正して再び宇宙船ゲームを始める」(「A Personal Computer for Children of All Ages」より抜粋・筆者による要約。日本語訳はこちら。)

そして、パーソナルコンピュータを使って、ユーザーが自分でシステムを書き換えることが重要だと話します。

ドメインモデル、メンタルモデル、パーソナルコンピュータのまとめ

このセッションを通して、天重はシステムと個人の関わり方を語りました。ドメインモデルについて、ドメインと情報処理手段であるドメインモデルの関係を語り、メンタルモデルについて、ユーザーが作業に集中することができるためには、コンピュータを操作している意識がなくなるシステムが理想であり、そのためにはユーザーイリュージョンが必要だと語りました。

また、パーソナルコンピュータについて、「理想的なMVCのソリューションは、ユーザーがドメインの情報を直接見て操作するという、ユーザーイリュージョンをサポートすること」というリーンスカウク博士の言葉を引用して、人間が作業に使用するシステムは、限られたソフトウェア開発者のみではなく、ユーザー自身によって容易に改変可能であることが理想であると語りました。

リーンスカウク氏が人権宣言にシステムとの関係で人が幸福を追求することを追加する提案

なぜユーザーがシステムを改変できることが重要なのか。それは、社会(会社)が個人(社員・作業者)に業務を行うためのシステムを一方的に押し付けることになると、人間がコンピュータに行動を規定されてしまい、「仕事の楽しみ」が奪われるからです。

私は、ここでのシステムを「業務マニュアル」と読み替えてもいいと思います。マニュアルから逸脱した行動を一切許されない場合、仕事を楽しむことは難しいでしょう。

この講演は、テーマが多岐にわたり、ソフトウェアに対して非常に示唆に富むセッションでした。

「弁護士ドットコム」を作り続ける開発組織について

https://speakerdeck.com/bengo4com/about-bengo4com-development-organization

弊社テックリード狩野による発表です。

弁護士ドットコムという会社・事業から話は始まります。弁護士ドットコムというプロダクトは10年以上PHPで開発されており、PHPファイル数は約5000、コードの行数は約55万という大きなシステムです。

組織について、弊社では組織体制が機能別から事業部制になり、さらに現在ではマトリクス型の組織に発展したことに触れ、その時々で発生する問題に対して組織体制を柔軟に変更してきたことを説明しています。技術についても、サービスを成長させることを軸に、基盤部分は堅実に、新規案件ではチャレンジした技術を採用していると述べます。例えば、新規案件でPHPフレームワークであるBEAR.Sundayを使っているシステムもあります。また、技術レベル向上のため、社外向け勉強会を開催したり、書籍購入制度を整えていることを語りました。

また、現在はマネージドサービスの活用も進めていることにも触れ、SREチームを中心にインフラの民主化に向けて動いており、アプリケーションエンジニアでもインフラの設定を行えるようにして、ボトルネックの解消を目指していると述べました。

Tech Focus Dayの説明

さらに、弊社では毎週金曜日はTech Focus Dayという名前で20%ルールを運用しています。これは一般的な20%ルールとは少し違い、エンジニアがミッションを持ったチームとなって改善活動を行っていると語りました。 この日はエンジニアは技術的負債の返済、サイトの価値向上に取り組む日としていることを説明しました。

最後に社員のマインドセットについて語っています。それは、ビジネスを行うにあたり「覇道より王道」を掲げ、一人勝ちではなくwin-winになるようなことを重視しているというものでした。また、弁護士ドットコムでは何より人を大切にしているという話で締められました。

講演後には、参加者から「Tech Focus Dayでの具体的な成果を教えてください」という質問がありました。これには「サイトの表示速度の改善をすることができました。これによりSEOも良くなり、エンジニア以外の方ともメリットを共有することができました」と答えていました。また、狩野曰く、「サイトの表示速度改善は、エンジニアの視点から負債解消の必要性を発信した例であり、単に負債を解消するだけではなく、サービスとしてユーザーに価値を提供できた好例です」 とのことでした。

PHPUnit: Past, Present and Future - Sebastian Bergmann

当日の資料はこちらから見ることができます

このセッションでは、Sebastian氏がプログラマになろうと思ったきっかけや、PHPのバージョンアップとともに歩んできたPHPUnitの歴史が語られました。

PHPUnitの最初のレポジトリには6ファイルしかなく、開発を一歩ずつ進めてきたことや、Xdebugの作者の方とたまたま同じ職場になり、しかもご近所同士だったので、互いのコードをレビューし合っていたというエピソードが披露されました。

その他、今までPHPUnitにはロゴはありませんでしたが、PHPUnit8をリリースするとともに、ついにロゴを作成したそうです。

PHPUnitのロゴ

また、「いつPHPUnitを開発しているのですか」という質問に対しては、「開発は週末だけにしていて、普段は旅行をして過ごしています。OSSの作者によくある燃え尽き症候群を避けるためです。PHPUnitのようなOSSは多くのプロダクトに使われるが故に社会的責任を負っており、開発を止めてしまうようなことがあってはならないと考えているからです。自分はOSS開発にはお金という見返りを期待していません」と答えておられました。

REST 6+4の制約  - 郡山昭仁

PHPフレームワークのBEAR.Sunday作者であり、弊社技術アドバイザーの郡山のセッションです。

ロイ・フィールディング氏の論文で提唱されたRESTのアーキテクチャの誤解を説明します。フィールディング氏の論文について、誤解が広まってしまってました。本来REST APIはいいURLや/v1、/v2などAPIのバージョニングとは無関係のものです。REST APIとはハイパーメディアAPIであると説明し、WebとRESTの関係を語ります。

WebとAPIの対比

Webが成功した理由は、「サイト制作の参入障壁が低いこと」「サーバーとクライアントが独立しているため、拡張性があること」「サーバー同士が通信をする分散ハイパーメディアの構成であること」「インターネット上でスケーラビリティがあること」であるとしています。RESTはそのうち、ハイパーメディアであり、拡張性があり、インターネット規模にスケールできることを共通点としていると語ります。

また、RESTは下記に挙げる6つのアーキテクチャ制約と、4つのインターフェイス制約があるとしています。各項目の詳しい説明は動画をご覧ください。

RESTの制約

講演の最後に郡山が「新しい技術は大切だが、ソフトウエアの進化は層を成してきた。過去の遺産を塗り替えたり置き換えたりするのではなく、積み重ねていく技術の継承が重要だ。 偉人達が築き上げてきたものを学ぶことは大きな意味あり、未来に向かっていく事でもある」と語っていたことがとても印象的でした。

まとめ

今年のPHPカンファレンスでは、「英語のセッションを増やす」というチャレンジをしたそうです。また、PHPに限らず、様々なテーマのセッションがありました。学びがとても多く、来年もぜひ参加したいと思います!

弁護士ドットコムでは共に働く仲間を募集しています!興味を持たれた方はまず弁護士ドットコム主催の勉強会に遊びに来てください!

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開発合宿を開催しました

2月8〜9日に弁護士ドットコム初の開発合宿を行いました!

「開発合宿をしてみたい」という声が社内から上がり、CTO、VPoE(*1)の後押しを受けて開催が決定しました。今回の開発合宿の特色は、どのような職種でも参加可能としたことです。その結果、エンジニアだけではなく、ディレクター、デザイナー、編集者(*2)と、様々な職種の方が参加し、参加者は総勢13名となりました。

(*1) Vice President of Engineering。エンジニアの採用、育成、組織体制の管理を担当する役職。弁護士ドットコムではCTOが技術面で組織をリードし、VPoEがエンジニア全体のマネジメントを担当する体制が構築されている。
(*2) 弁護士ドットコムは「弁護士ドットコNews」「Business Lawyers」といった自社メディアを運営しており、記者、ライター、編集者も在籍している。今回参加したのは「Business Lawyers」の編集者。

合宿の目標は、「各チームで業務上の課題を洗い出し、その課題を解決するプロダクトを作ること」としました。ゼロから開発を始めるという意味で、ハッカソンと同じような企画なのですが、優勝チームを決めることはしませんでした。今回は様々な職種の方が参加しており、参加者の職種による有利不利があるとフェアではないためです。

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(合宿に参加したメンバーの集合写真)

合宿所の紹介

合宿を実施する場所については、「DGCAMP 鎌倉」を利用することにしました。鎌倉駅でタクシー運転手の方に「DG CAMPまで」と伝えると10分ほどで到着します。建物一棟の中に作業スペース、食堂、宿泊エリアがあり、どのエリアも内装は清潔で、手入れが行き届いています。

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(作業スペース)

作業スペースは、大きな窓から海が見える場所にあり、気分良く開発ができます。ハニカム構造のテーブルや天井から垂れ下がるコンセント、カラフルな椅子など、おしゃれなコワーキングスペースでした。Wi-Fiも高速で動作し開発作業には申し分ない環境です。

寝室も海が見える和室で、大人3人だとスペースが余るぐらい広い部屋でした。開発に集中できる環境が整っていて、素敵な合宿所だと思います。

合宿前の準備

合宿1週間前にオリエンテーションを開催。参加人数が13名のうち、エンジニアは6名(CTO含む)、デザイナーは4名です。このため、各チームには最低1人はエンジニアとデザイナーが入り、4チームに分かれることになりました。

また、合宿当日のスケジュールや持ち物は旅のしおりを作るアプリ「tabiori」上で共有することに。tabioriのおかげで細々とした事務連絡や情報共有がスムーズに進みました。

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合宿までの1週間、各チームは時間を見つけてミーティングをし、合宿当日に何をするかを決めていました。課題発見や解決のアプローチについて、各チームそれぞれの個性が出ていました。

チームPassione:多忙なチームメンバーの会議の調整を簡単にする
(デザイナー、エンジニア(2名))
チームB:Laravelを使ってみたい!を出発点とする
(デザイナー、エンジニア(2名))
チームVPoE:会社の本の貸出管理を楽にする
(VPoE、エンジニア、デザイナー、編集者)
チームCTO:会社の日頃の課題を解決する
(CTO、ディレクター、デザイナー)

自分が所属するチームPassioneは、他の会社の開発合宿の振り返り記事を参考にして、開発環境の構築、周辺の飲食店事情の調査を事前に済ませておきました。これによって開発合宿では考えることや議論を少なくして、手を動かすことにフォーカスすることができました。

合宿1日目

当日は金曜日の12時に会社のある六本木を出発し、目的地である鎌倉に電車で向かいました。鎌倉駅からタクシーに乗ると10分ほどで合宿所に到着しました。施設の利用説明を受けた後、荷物を宿泊エリアに置き、各チーム開発スタートです!

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(作業風景)

どのチームも作業に集中したり息抜きをしたり、オン・オフを切り替えており、総じて和気藹々とした雰囲気で作業を進めていました。スケジュール上、初日の開発は20時に終了でした。その後、周辺の飲食店に食事に行くメンバーもいれば、宿泊エリアに移ってキリのいいところまで開発を続けているメンバーもいました。

合宿2日目

起床後、朝9時に朝食を食べに施設内の食堂へ。朝食は和食で、特にメインのシャケの塩焼が美味しかったです。食事前に朝風呂を浴びたり、部屋で開発を始めている強者もいたようです。

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(みんなで朝食を食べているところ)

そして10時から開発再開。成果発表の時間は15時ですが、それまでに完成するか不安と戦いながら手を動かし続けます。

開発スタイルにはチームの特色が出たと思います。成果重視で普段慣れている技術を使ったチームはサクサク開発していました。Laravelを使うチームでは、業務でLaravelを使っているメンバーとLaravelを触ってみたいエンジニアの二人でペアプログラミングをしたとのこと。編集者の方がいるチームでは、プロダクトを使うユーザーのストーリーを深く考えていました。自分のチームはON/OFFの切り替えを重視し、初日に2回、2日目に1回の計3回風呂に入りました。2日目にあと一度入りたかったです。

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(寝室でも作業をしました)

成果発表

緊張の成果発表です!

・チームPassione

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メンバー:エンジニア(2名)、デザイナー
プロダクト:「予約将軍」
ターゲット:同じチームのデザイナーマネージャー
課題:マネージャー自身の予定が埋まりすぎていて、メンバーとの会議の日程調整に時間がかかってしまう
解決策:Amazon Echo dotに「アレクサ、会議の予約」と話しかけて会議のメンバーを伝えると、そのメンバーのGoogleカレンダーを調べて全員が空いてる時間を教えてくれる。予約もしてくれる。話しかけるだけで済むので、複数人の日程調整に時間がかからない
技術:Alexa Skills、AWS Lambda(Node.js, Python), Google Calendar API(Calendar)

メンバーの声「Alexaでボサノバを流しながら楽しく開発できました!合宿前にAlexa SkillsやLambdaの開発環境を準備していてよかったです」

・チームB

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メンバー:エンジニア(2名)、デザイナー
プロダクト:「events」
ターゲット:寂しがり屋のチームメンバー
課題:社内イベントや勉強会の存在を開催後に知ると、自分も参加したかったなとプチ寂しい
解決策:社内のイベントを一覧可能に。イベントを知ってすぐに参加できる。connpassのようなアプリケーション。会社のGoogleアカウントでログインできる。プロダクトのメインカラーは親しみを感じるイエロー
技術:Laravel, Apache, MySQL, SCSS

作成したデザインカンプは公開しています!(「events」デザインカンプ

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・チームVPoE

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メンバー:VPoE、エンジニア、デザイナー、編集者
プロダクト:司書の「しおりさん」
ターゲット:本の貸し出し管理に時間をかけたくない人(エンジニア・デザイナー)
課題:本の貸し出し管理をスプレッドシートで行なっている。ただ、貸し出し日と自分の名前を記入するのが面倒。また、借り手がエクセルに記入をしていないことがあるため、借りたい本がないときに、誰が借りてるのかわからないことがある
解決策:Slackで特定のコマンドを打つと、「しおりさん」がスプレッドシートに貸し出しの書き込みをしてくれる。これでいちいちスプレッドシートを見に行く必要がなくなる。セリフのバリエーションが豊富。「esaやブログであなたの感想を読むのを楽しみにしていますね」など一言かけてくれる
技術:Google Apps ScriptとSlackの連携

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(しおりさんの紹介スライド)

キャッチコピーは「技術書をもっと身近に」
(弊社の企業理念は「専門家をもっと身近に」です😊)

こんな一幕もありました。

しおりさん:「現在購入済みの書籍一覧だ(゚Д゚)ゴルァ!」
→[差替]しおりさん:「いま所蔵している本の目録はこちらです。」
(以下会社で所蔵する数百冊の書名リストが表示される)

・チームCTO

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メンバー:CTO、ディレクター、デザイナー
プロダクトその1:「日めくり社員カレンダー」
ターゲット:弁護士ドットコム社員全員
課題:社員が約200名にまで増え、顔と名前を一致させるのが大変
解決策:毎日ランダムで社員1名の自己紹介と顔写真をSlackのgeneralチャンネルに投稿
技術:Google Apps ScriptとSlackの連携

プロダクトその2:「シャッフルランチ(3*)リーダーbot」
ターゲット:弁護士ドットコム社員全員
課題:シャッフルランチのリーダーに選ばれると日程調整と店選びが大変
解決策:シャッフルランチのメンバーを自動で選定。SlackでDMのグループを作成し、会社に近い候補の店をランダムで4店舗紹介。メンバーの投票で店を決める。場所が決まると「ランチを楽しんできてね!」というオリジナル画像が投稿される。リーダーは日程を決めるだけ。
技術:こちらもHubotでSlack連携

(*3)シャッフルランチとは、毎月ランダムに社内のメンバー4名とお昼ご飯を食べる弊社の福利厚生制度。費用は1人当たり1,620円(税込)まで会社が負担する

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(マスコットキャラ「ほうすけ」が雰囲気を盛り上げてくれる)

デモでは「さすがCTO!」という声も飛んでいました。

総評

全4チームともちゃんと動作するところまで持っていきました。VPoE川合さんから「開発合宿は初めての開催だったのに、これはすごいことだ」とお褒めの言葉を頂き、一同大喜びです!

普段業務では違う部署、違うチームのメンバーと話しながら開発ができたのはとてもいい機会でした。課題に対するアプローチも違い、自分にない視点からの意見を聞くことで、とても勉強になりました。また、どのチームもいいプロダクトができたと思います。とても実りの多い2日間でした!

プログラミングをするパンダ
プログラミングをするパンダ
Software Engineer