2026.07.07
排出原単位は、製品とともにサプライチェーンを流れ始めた
2026.07.07
「排出原単位」と聞くと、多くの実務担当者は、電力や燃料の使用量に掛ける係数を思い浮かべると思います。その使われ方が、いま大きく変わっています。 結論から述べます。これまで主に算定の係数として使われてきた排出原単位は、いま製品ごとの排出量データとして、取引や規制の場で直接やり取りされる単位に変わっています。当面の備えは、自社製品の排出量を業界平均ではなく自社の一次データで示せるようにしておくことです。 この変化と特に関わりが深いのは、鉄鋼・アルミなどCBAM対象財や、電池・素材をEU向けに供給している企業です。あわせて、取引先から製品のカーボンフットプリント(CFP)の提示を求められ始めた企業や、Scope3カテゴリ1(購入した製品・サービス)を業界平均から自社の一次データへ切り替えたい企業にも、直接かかわります。これらに一つでも当てはまるなら、製品別の原単位を整えることが、これからの取引や規制への対応そのものになります。 この記事でわかること 排出原単位がもつ二つの意味(算定の係数と、製品別の炭素強度) CBAM、製品CFP、Scope3カテゴリ1で、企業に何が起きつつあるか 取引や規制に向けて、企業が準備しておくべきデータ 目次 「排出原単位」には二つの顔がある 「測る・比べる」から「受け渡す」へ CBAMでは、原単位が製品とともに受け渡される 規制でも業界でも、原単位は同じ向きに動く 受け取る側でも、原単位が中心になる 「同じ向き」でも、そのまま流用はできない 当面の備えは「製品別原単位を一次データで示すこと」 まとめ 主要参考資料 「排出原単位」には二つの顔がある 排出原単位とは、排出量を何らかの「単位」で割った値ですが、ここには役割の異なる二つの数値が含まれます。 一つは排出係数(emission factor)です。活動量に掛け合わせて排出量を推計するための数値で、「排出量=活動量×排出係数」の係数にあたります。電気1kWhあたり、燃料1Lあたりといった形で与えられ、多くは業界平均値が使われます。環境省も、サプライチェーン排出量の算定方法を、取引先から排出量の提供を受ける方法(一次データ)と、自社の活動量に排出原単位を掛け合わせる方法の二つに整理しています(環境省 排出原単位データベース)。 もう一つは製品別の炭素強度(carbon intensity)です。排出量を、つくり出したものの一単位あたりに直した数値で、鋼材1トンあたり、電池容量1Whあたりといった形で、製品一単位あたりのCO₂排出量を表します。排出係数が「掛けて自社の排出量を出す入力」であるのに対し、炭素強度は「割って得られる、製品あたりの結果」です。この製品あたりの炭素強度の代表例が、ライフサイクル全体の排出量を製品単位で表したCFPです(環境省 カーボンフットプリント)。 そして、この二つは地続きです。ある鋼材メーカーが算定した「鋼材1トンあたりの排出量」は、その鋼材を買って自動車をつくるメーカーにとっては、購入した材料の排出量を計算するための「排出係数」になります。同じ数値が、売り手には製品の結果(炭素強度)として、買い手には計算の入力(排出係数)として使われるわけです。日本語ではどちらも「原単位」と呼ぶため混同しやすいのですが、この二つを分けて考えることが出発点になります(買い手側の含意は後の章で改めて述べます)。 「測る・比べる」から「受け渡す」へ この二つのうち、いま使われ方が大きく変わっているのは、製品あたりの原単位(炭素強度)です。 これまで製品の原単位(CFP)は、主に「測って、表示し、比べる」ために使われてきました。自社製品の排出量を把握して削減のポイントを見つけ、消費者や取引先に開示する、という使い方です。排出原単位を「指標」として用いる段階でした。 ところがいま、製品の排出原単位は、その指標の段階を超えて、サプライチェーンを川上から川下へと受け渡され、規制や価格づけの前提として使われ始めています。脱炭素の実務が「測る」から「比べる・選ぶ・課す」段階へ移り、業界平均では足りず、製品ごと・自社の一次データに基づく原単位が、取引や規制の現場で直接使われるようになったためです。その変化が最もはっきり表れているのが、次に見るCBAMです。 CBAMでは、原単位が製品とともに受け渡される 排出原単位が申告と費用負担の根拠そのものになる最前線が、EUのCBAM(炭素国境調整メカニズム)です。2026年1月に本格適用が始まり、鉄鋼・アルミニウム・セメント・肥料・電力・水素について、製品トンあたりの排出量の申告を求めます(欧州委員会 Carbon Border Adjustment Mechanism、基礎は規則(EU)2023/956)。申告義務を直接負うのはEU側の輸入者ですが、排出量データは生産者が握っているため、日本など域外の製造者も、輸入者を通じてデータ提供を求められる場面が増えていきます(ジェトロ「EUのCBAMに備える」)。 ここで求める排出量は、工場単位ではなく製品の単位生産量あたりです。鉄鋼を例にとれば、その製造には銑鉄など前段でつくられる材料が使われます。こうした前段の材料はCBAMで前駆体(precursor)と呼ばれ、複雑な製品の排出量は、前駆体に紐づく排出原単位を受け継いだうえで、自社工程の排出を加えて算定します。このように原単位は、川上から前駆体とともに引き継がれながら、製品とともに流れていきます。実測データがなければデフォルト値で算定され、申告にとどまらず証書の購入・償却という金銭的な負担も生じます。2026年の輸入分は、2027年9月30日が初回申告と証書償却の期限です(算定方法・デフォルト値・期限の詳細は欧州委員会 CBAM Legislation and Guidance)。なお、CBAMが求める排出量はライフサイクル全体を対象とする一般的なCFPより範囲が狭く、CFPの算定をそのまま流用すると過剰報告になりかねない点には注意が必要です(前掲ジェトロ)。 規制でも業界でも、原単位は同じ向きに動く 製品に原単位を載せて川下へ渡すという使い方は、強制力をもつCBAMにとどまらず、ほかの規制にも、業界主導の基盤にも広がっています。 規制の側:電池規則とデジタル製品パスポート 規制の側では、EUの電池規則が、電気自動車用電池などについて、電池モデル・製造拠点ごとのカーボンフットプリント宣言を段階的に義務づけ、電池パスポートが製品単位の炭素情報を川下へ受け渡す基盤になります(規則(EU)2023/1542、算定規則は欧州委員会JRC/EPLCA)。これはより広い枠組みの先行例でもあります。EUのエコデザイン規則(ESPR)は、製品の環境性能や炭素フットプリントを、製品とともに移動するデジタル製品パスポート(DPP)に載せる仕組みを導入しました(規則(EU)2024/1781)。対象は委任法令で順次広げる設計で、優先製品群とされた鉄鋼・アルミニウムはCBAMの対象財とも重なり、同じ製品が、国境でも製品情報の開示でも炭素データを問われることになります(欧州委員会 エコデザイン作業計画2025–2030)。 業界の側:EPDと共通データ基盤 業界の側でも、製品の環境データを取引先間で受け渡す基盤が整っています。代表的なのがEPD(環境製品宣言)で、製品ごとの排出量などを共通ルール(PCR)に沿って算定し、第三者検証を経て開示する宣言です(ISO 14025のタイプIII環境宣言。国内ではSuMPO EPDが運用されています)。これが原単位の受け渡しに直結するのが建築です。建物の排出量は、運用時のエネルギーに加え、建材に由来する体化炭素(エンボディドカーボン)の比重が大きく、建材ごとのEPDに記された原単位を建物全体で足し合わせて評価します。国内でも、運用段階は建築物省エネ法によって2025年4月から全新築で省エネ基準への適合が義務化され(国土交通省 建築物省エネ法)、建材側の体化炭素も、国土交通省が2028年度を目途に建築物のライフサイクルカーボン(LCA)の算定・評価を促す制度づくりを進めています(国土交通省 建築物LCA制度検討会)。 製造業でも、同じ受け渡しを共通形式で行う基盤が立ち上がっています。WBCSDのPACT(Partnership for Carbon Transparency)は、製品単位のCFPを一次データで取引先間でやり取りする方法論を整備し(WBCSD PACT Methodology Version 3)、自動車業界のCatena-Xも、製品の炭素データを共通ルールと標準形式で受け渡せるよう整えています(Catena-X Product Carbon Footprint Rulebook)。 その先の構想:賛否が割れる製品単位の炭素会計 さらにこの流れの先には、製品単位の炭素会計を世界規模で標準化しようとする構想もあります。2025年10月に発足した業界連合Carbon Measuresは、製品に紐づく炭素情報を会計の台帳のように扱い、二重計上を避けながら川下へ受け渡す枠組みを掲げています(Carbon Measures 発足発表、Trellis)。ただし、強制力をもつ規制とは異なり発足して間もない任意の取り組みで、責任を川下や最終消費者へ移し、Scope3を含む排出量全体の開示から注意を逸らすおそれがあるとの批判もあります(NewClimate Institute)。 立場も強制力も異なりますが、製品に紐づく排出原単位を川上から川下へ渡すという構造は共通しています。本稿が重視するのは個々の枠組みの是非ではなく、これらが同じ向きに進んでいる点です。 受け取る側でも、原単位が中心になる 視点を、原単位を渡す側から受け取る側へ移すと、もう一つの変化が見えます。買い手にとって、取引先から渡される製品CFPは、自社のScope3カテゴリ1(購入した製品・サービス)を計算するための一次データになります。冒頭で触れたとおり、ある製品の炭素強度は、それを買う側にとっては排出係数です。これまでカテゴリ1は業界平均の係数で埋めることが多かったのですが、それを取引先の実データに置き換える動きが進んでいます。 ただし、取引先のCFPですべてを置き換えられるわけではありません。製品CFPが得られない品目も多く、カテゴリ1は一次データと業界平均などの二次データの組み合わせで埋めるのが実情です。そのうえ、受け取ったCFPも、算定範囲や配分の仕方、検証の有無が供給者ごとに揃っていないと、自社の総量にそのまま整合させるのが難しい場合があります。 この足並みのばらつきを抑え、製品の原単位を受け渡せる形に揃えることこそ、PACTやCatena-Xのような算定・伝達のルールの役割です。送り出す側のこうした基盤と、受け取る側のカテゴリ1の一次データ化は、同じ受け渡しを裏と表から見たものといえます。もっとも、これらは任意の基盤で、検証の水準や、CBAM・電池規則など他制度との物差しの違いまでは揃えません。 「同じ向き」でも、そのまま流用はできない ここまで「同じ向き」と述べてきましたが、実務では、ある制度の数値を別の制度へそのまま流用したり足し合わせたりはできません。CBAMの排出量は原則として製造ゲートまでを対象とし、間接排出を算入するかどうかは製品によって異なります。一方、ISO 14067に基づくCFPは、調達から廃棄までライフサイクル全体を取り得ます。電池規則は「生涯提供エネルギー1kWhあたり」という独自の機能単位を使い、CBAMの「製品トンあたり」やPACTの製品単位とは比較の土台が違います。対象ガスや検証の水準もそろっていません。 つまり、製品原単位は同じ向きに動いてはいるものの、境界・単位・対象ガス・検証がまだ統一されておらず、共通の物差しは確立していません。だからこそ、自社の製品がどの制度向けに、どの境界・どの単位で原単位を示すべきかを区別して準備しておくことが要点になります。 当面の備えは「製品別原単位を一次データで示すこと」 この変化が新たに求めるのは、主に製品の原単位の側の備えです。自社の排出量を計算するための排出係数としての使い方は引き続き必要で、ここが大きく変わるわけではありません。新しい課題は、製品単位の原単位を、業界平均ではなく自社の一次データで、前駆体材料の分まで引き継いで示せるかどうかに集中しつつあります。 まず取り組めるのは、自社が使っている「排出原単位」を二つに分けて棚卸しすることです。自社の排出量を計算するための排出係数と、取引先へ製品ごとに説明するための原単位(CFP等)を区別し、後者については、対象となる製品、製造拠点、主要な原材料や前駆体材料、一次データの有無を整理します。業界平均の係数で代用している箇所を洗い出すと、どこから手をつけるべきかが見えてきます。 そのうえで、提出先ごとの段取りを押さえます。CBAMに該当する製品があれば、2026年の輸入分は2027年9月30日が初回申告と証書償却の期限ですので、ここに間に合うようEU輸入者とデータ受け渡しの段取りを確認します。自社の一次データを示せれば実態に近い値で申告でき、負担額の抑制にもつながります。取引先からCFPを求められる場合は、PACTやCatena-Xが想定するデータ形式と第三者検証の要否を確認します。Scope3カテゴリ1で供給者データへ切り替える際は、GHGプロトコルの一次データの要件に沿わせ、これまで用いてきた排出原単位データベース(環境省データベースやIDEA)からの移行を段階的に進めるのが現実的です。 業界平均の係数ではなく、自社製品に紐づく一次データを示せるかどうかが、これからの取引や規制対応の分かれ目になります。求められてから慌てるのではなく、対象になりやすい製品から準備しておくことが、現実的な備えといえます。 まとめ 排出原単位には、自社の排出量を計算するための係数(排出係数)と、製品を比べるための物差し(製品の炭素強度)という二つの顔が古くからあります。いま変わっているのは後者で、測って比べるための指標から、サプライチェーンを伝って受け渡され、取引や規制、価格づけの前提となるデータへと性格を変えています。送り出す側にとっては取引や規制で示すべき数値として、受け取る側にとっては自社のScope3カテゴリ1を支える一次データとして、同じ製品の原単位が使われ始めています。ただし境界も単位もまだ統一されておらず、制度をまたいでそのまま流用はできません。だからこそ、自社製品の原単位を、業界平均ではなく自社の一次データで、提出先に応じて示せるようにしておくことが、これからの数年の備えの中心になります。 主要参考資料 Regulation (EU) 2023/956(CBAM基本規則、EUR-Lex)https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2023/956/oj/eng Regulation (EU) 2023/1542(EU電池規則、EUR-Lex)https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2023/1542/oj/eng Regulation (EU) 2024/1781(エコデザイン規則ESPR、EUR-Lex)https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2024/1781/oj/eng 建築物のライフサイクルカーボンの算定・評価等を促進する制度に関する検討会(国土交通省)https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_tk4_000302.html PACT Methodology Version 3(WBCSD)https://www.wbcsd.org/resources/pact-methodology-version-3/ Why scope 3 emissions accounting matters and why industry-led Carbon Measures distracts from it(NewClimate Institute)https://newclimate.org/news/why-scope-3-emissions-accounting-matters-and-why-carbon-measures-distracts-from-it (執筆者:木塚) 本稿に関連するテーマとして、製品別原単位(CFP)の算定、Scope3カテゴリ1の一次データ化、サプライヤーからのデータ収集、CBAM対応などがあります。関連するサービスは以下のとおりです。 【ウェイストボックスの関連サービス ・LCA、CFP算定、カーボン・オフセット事業 ・Scope3算定・排出量把握 ・サプライヤーエンゲージメント・排出削減 ・アドバイザリーサービス
read more

