ジャーナリストをはじめとする人々は、生成AIが自分たちの仕事に与える影響を当然ながら懸念している。専門家の予測には大きな期待や懐疑的な見方、ディストピアが来るという絶望が入り混じっており、その不安は助長されている。
しかし、生成AIがもたらす未来のひとつの可能性をすでに体験している職種の人たちがいる。コンピュータープログラマーだ。
「開発者はAIの時代に足を踏み入れています」とGitHubの最高経営責任者(CEO)であるトーマス・ドムケは語る。「唯一の問題は、それをどれほど早く取り入れるかです。過去に止まったままでは、“生産性の両極”のうち、間違った側にいることになってしまいます」
コードを提案する生成AI
GitHubが「Copilot」と呼ばれるプログラミング支援サービスのプレビュー版を公開したのは、2021年6月のことである。Copilotは人がコードを入力し始めた途端、それに続くコードを大量に提案する生成AIを活用する。現在は有料ツールとなり、大ヒットしている。
GitHubの所有者であるマイクロソフトは、直近の四半期の決算報告で、Copilotの有料アカウントは130万となったことを公表した。これは前四半期から30%の増加で、50,000社がこのソフトウェアを使用していると同社は説明している。
Copilotの利用に関する最新のデータによると、ユーザーが作成したコードのおよそ半分がAIによって生成されたものだと、ドムケは話す。同時に、このAIプログラムが人間の監督なしにうまく機能するようになる兆しはほぼないと、主張している。「こうしたツールを使用した開発者コミュニティは、これはペアプログラミングで使用しなければならない、という見解で一致しています」とドムケは語る。つまりAIが副操縦士(コパイロット)のように開発者を支援するかたちで利用するということだ。
Copilotの力は、プログラマーが解決しようとしている問題の複雑さを減らすことにある。これは、現代の高水準言語は、以前まで使われていた低水準言語ほど開発者に細かい部分まで指定することを求めないことに似ていると、ドムケは説明する。
また、特に若いプログラマーがCopilotを取り入れていると付け加え、なかでも初心者が直面しがちなコードの問題を解決するのに役立っているようだと指摘している(これはCopilotがオンラインに投稿された大量のコードで訓練されたことを考えると理にかなっている。初心者が直面しがちな問題の解決法を説明するもののほうが、難解で稀なコードの事例よりも多いのだ)。「ソフトウェア開発の進化を目の当たりにしています」とドムケは語る。
単純なタスクが55%速く完了
しかし、これは人工知能(AI)が開発者への需要に影響を与えないという意味ではない。GitHubとマサチューセッツ工科大学(MIT)の共同研究は、Copilotの使用を許可された開発者は、そうでない開発者に比べて、比較的単純なタスクでは平均して55%速く作業を完了できたことを示している。この生産性の向上は、企業が同じ仕事をより少ない開発者でこなせることを示している。あるいは生産性が向上した分、ほかのプロジェクトに人を充てられるようにもなるということだ。
このような調査結果とCopilotの急速な導入から、開発者でない人も未来を垣間見ることができるかもしれない。マイクロソフトは主に仕事用のソフトウェア製品群「Office」でメールを書いたり、スプレッドシートを作成したり、文書を分析したりすることを支援する「Microsoft Copilot 」と呼ばれる機能を開発している。また、最新のWindows搭載PCに「Copilot」を立ち上げる専用のキーをキーボードに搭載した。数十年ぶりのキーボードの変化である。グーグルなどの競合他社も同様のツールを開発している。GitHubの成功が、仕事で使えるAIアシスタントを皆に提供することを後押ししているのかもしれない。
「GitHubのCopilotとその生産性の統計に関する実証的な証拠とデータが十分に集まっています」とマイクロストのCEO、サティア・ナデラは同社の直近の決算発表で話していた。マイクロソフトのほかのCopilotツールを使用するユーザーも、同じように恩恵を得られるようになると付け加えた。マイクロソフトは、Windows用のCopilotを試せるサイトを用意している。正直に言うと、Windowsで実行するタスクが、GitHub Copilotでコードを書いて明確な目的を達成するタスクとどの程度似ているかは、わからない。
“副作用”はどれくらいなのか
GitHub Copilotのようなツールには、人に取って代わる以外にも潜在的な副作用がある。例えば、自動化への依存度が高まることは、コードに入り込むエラーが増えることにつながるかもしれない。そのような傾向が明らかになったとする研究結果もある。ただし、それはCopilotが導入されてからのミスの一般的な増加を報告するものであり、AI支援ツールがエラーの増加を引き起こしていることを直接的に示すものではないと、ドムケは話している。
その主張は正しいが、経験の浅い開発者はAIの助けを借りることでエラーを見逃す可能性があることや、自動補完機能のせいでコードの全体的な品質が低下するかもしれないという懸念も間違っていない。
Copilotの人気を考えると、この点に関するデータが十分に集まるまでそう長くはかからないだろう。ほかの職種の人たちも、開発者と同じように生産性の向上が見込めるのか、そしてそれに伴って会社が変化するかどうかを、まもなく知ることになるかもしれない。
(WIRED US/Translation by Nozomi Okuma)
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