機嫌良くしていられるというのが大人の条件である。何故か。不機嫌さをもって他者をコントロールすることが許されるのは子供だけだからである。泣いたり、怒ったりして要求を通せるのは相手が大人だからである。どんなに年をとっても不機嫌さで他者をコントロールしようとするのは赤子に等しい。
Saussure
48.6K posts
- 還暦過ぎてしみじみ実感しているのやけど、いわゆる社交的で会話が弾んでいる「ように」見える人というのは「内容ではなくて形式」なんだよね。ワシ、最近までそういう内容の無い形式のみの会話の意義が分からなくて見下し傾向だった。でも、その内容の無い会話ってのは「あんたとはケンカしない」→
- 「胎内記憶」「子供はお母さんを選んで生まれてくる」を主題にしたドキュメンタリー映画があるらしい。思わずズッコケた。ヤバそうな感じなのでチラ調べしたら、案の定宗教絡みだった。近寄ってはいけない案件だが、「ママ友に誘われて」自主上映会に行ってしまい、育児疲れで脳疲労している母親の→
- 発達精神科医の本田秀夫が「つながらない権利」の大切さに言及していた。何時もながら慧眼である。心理的安全性を担保するために定型の方々は「つながる」にプライオリティを置き勝ちだが、ASD(傾向)側は「つながらない」ことが心理的安全性を担保する上で重要だったりする。これは理解して欲しい。
- 神戸教師いじめ事件に関して、発端は飲み会で加害教師が障害のある児童の真似をしたところ、被害教師が笑わなかったからと報道されている。由々しき事態である。大学の教員養成過程で教鞭を執られている方に問い質したい。飲み会と言えども障害ある児童の真似をすることをよしと教えているのか?と。
- Replying to @mamiyac330という「毛繕い」なんだよね。もしかしたら会話のメソッドを物語や小説、テレビドラマや映画で学んで、現実場面でのコミュニケーションを「本物ではない」と誤学習してしまったせいなのかも知れない。つくづくASなんだな、と。
- これはあくまでもワシの実感、仮説でしかないんだけど、ASDがどこの集団に入っても「居場所でない感」ま、疎外感でもいいんだけど、を感じてしまうのは言葉を厳密に使わなければならないという癖(特性)というかオブセッションがあるのじゃないかな、と。
- 常々、依存症(具体的な症例として関わりのあったのはアルコールだけなんだけど)の陰には「男としての病」、昨今は「ウイークネス・フォビア」つまり「“弱”に対する嫌悪と、“弱”と判定されてはならないという強迫観念」(@内田雅克)が関与していると睨んでいたが、やはりそれを指摘する精神科医→
- 山田五郎がやっているYouTube「大人の教養講座」で作家の中野京子が「プロテスタントの国は食べ物が不味い」と言っていて、ハッとする。プロテスタントの国は比較的自殺率が高いし、安楽死を認める傾向にあったりする。勿論、「ただ聖書のみ」で一人一人が教会で個人主義だからという教義上の理由も→
- 昔々、上司から「あんたは『べき思考』に陥っている」と指摘されたことがある。中途覚醒で思い出す。ま、恐らくきちんとしていないと不安になりやすいからなのであろう。それを「真面目」と人は表現する場合があるけど、故佐々木正美先生は「完璧主義は未熟な証拠」と看破されていた。
- 精神科医の春日武彦によると、人間を精神的に追い詰めて不幸にする心の弱点3要素は「こだわり、プライド、被害者意識」なんだそうである。確かに我が身を振り返っても思い当たる節はある。で、何故この話をするかと言えば、心配な元ご利用者様が居るからである。
- Replying to @mamiyac330思えば特に馴染めなかったのは、方言で交わされる会話。今さらだけど、内容より形式でイントネーションやノンバーバルな視線や姿勢、身振り手振りで「関係を維持する」がほとんどで、伝えなければならない情報は「暗黙の了解」であることに苦しんでいた。
- 最近、セルフネグレクトの怖さを見に染みている。特に男性において「窮状を訴えること」「支援を求めること」を男性のプライドを傷付けることとして認知されてしまうことの怖さは計り知れないと感じている。故に「引きこもり(と表現される事態)」もアルコール依存、仕事依存も同根ではないか、と。
- Replying to @mamiyac330仕事を離れ、やっと気が付いたのは中身がなくても形式さえ繕えばコンフリクトは回避できるし、世の中の多くの人は正鵠を期すのではなく、コンフリクトを回避するためにほとんどの会話を構築しているんだな、と。AS として気持ち悪くても慣れた方が身のためなんだろね。

