不定期更新で短く読みやすいフォトエッセイを書きます。
エッセイのようでためになる情報や、ためになるようでならないエッセイみたいな文章を書きます。
6月の空の上にいた。 日本に訪れていた夏の陽気が嘘のように機内の空気は乾いていて、半袖の僕は少し震えながら手汗を握り、苦手な飛行機が降りるのを待っていた。 九十九里浜の青い海を尻目に揺れる飛行機に怯えながら、数時間。 「当機はまもなく南京禄口国際空港に到着します」 そう言われて窓の外をふと見やると、もやのかかった一面の緑の中で、大きな川に一本の橋が架かっていた。 初めて見る形の橋には、米粒のような大きさの車が右側通行で走っている。 気づけばカメラを握っていた。 降り立っ
※今回はアート文脈で写真をとらえた話です。商業での考え方とは少し違うかもしれません。 ななしきくんのnoteを読んで感動しました。 僕は普通の大学の外国語学部出身です。今年で29の僕は、なんで写真学科とか美大とかを目指したりしなかったのかと後悔する気持ちがあります。 一緒に仕事をする人たちの中にも写真学科や美大出身の人が数えきれないほどいて、その人たちが作る写真や映像は考え抜かれていて、洗練されていて、なぜ自分にはそんな見せ方ができないのかを悩んだ時期もあります。 自分
撮った写真が現像するまで見られないのは、面白くてロマンがあると思うのは僕だけでしょうか。 先日フィルムで撮影をする機会があって、久々にフィルムカメラを使いました。当たり前ですが、フィルムで撮った写真は現像するまで見ることはできません。仕事で考えたら心配だし不便ですが、一枚一枚に集中して、時間をかけて撮影するのは結構楽しいです。 これ、実はデジタルでも似たような楽しみ方ができます。 撮る時のフィルムのような楽しさを体験しつつ、実際に味のある写真を得ることができることに気づき
日常の写真を撮ることが多いです。友人や生活を撮っていると、寂しさを預けるために写真を撮っていると感じることがよくあります。 どんなに楽しい瞬間の写真でも、絶対に寂しさを内包しているものです。 端的に言って、一部の表現を除いて写真で未来を撮ることはできません。 今存在している写真のほぼ全てが、基本的には「今」か「過去」を撮ったものです。そして、「今撮った写真」は時間を経ていき、最終的には全てが過去を撮った写真になります。 昔撮った写真を見返すと、感情が揺さぶられることがあり
こんばんは。ワタナベです。 「アマチュアカメラ写真術」という1937年に出版された本を読んだのですが、その内容に心打たれてこのnoteを書いています。 この本はもう著作権が切れており、国立図書館のウェブサイトで読むことができました。 本自体は初心者向けの内容であり、時代を超えて役に立つ情報が多かったのですが、昔に出版されたものということもあり若干読みづらい部分があったので自分が感銘を受けた点を簡単にまとめていくつか紹介していきます。 ・光の重要さと、画を脳内でプロセスす